2007年07月
疲労感マックスバリュー  (2007.07.30)


僕は気圧の変化に弱くて、台風なんか来るとすぐ体調を崩す体質。当然飛行機に乗ると非常に疲れる。最近ようやく慣れてきたなぁと思ったのに、昨日の香港からの帰りの便、普通国際線は34000feetを飛ぶところを、なぜか39000feetで飛行しやがった。(たぶん乱気流とかを避けるため)
5000feetの差はでかい。東京タワー5つ分くらいだもの。39000feetの低気圧は今までも未体験ゾーンで、酸素が薄めだからなのか、飛行中何度も気を失う。寝ているわけじゃないのに、気づくと意識がトンでて、白昼夢などをいっぱい見た。


で、今日から仕事、なのに酸欠状態が続いていて一日中頭が痛い。リポビタンD→梅で元気→キレートレモン→アリナミンVと栄養系を飲み、なんとか残業もした。でも食欲は0。


写真はシェムリアップで何度も見かけた『バージン・スーサイド』風の4姉妹・・・と思いきや一人は明らかに母。実に惜しい!


久々に帰国(サンタン部)  (2007.07.29)


7月後半は、ほぼ国外にいました。
韓国に仕事で行ってから、帰ってきて一日勤務して、翌朝からタイ→カンボジア→香港と少し中国と旅行して回って、今成田から帰ってきました。写真が千枚くらいあるので、楽しみながら整理中。とりあえずそこらじゅうで小津って来たのは言うまでもない。特に『純アジア』の残るカンボジア王国は、小津るには最高の場所!


マンニィと麻マック  (2007.07.14)

いつもより朝早く目が醒めたので、車で遠回りして朝マックした。あら、久々に都会的なライフスタイルだわ。やっぱソーセージエッグマフィンはうまい。やっぱ牛より豚パティが上々だ。コーヒーを一杯おかわりして会社に持っていく。マックのコーヒーは実にコストパフォーマンスが良いし、うまい。昔はまずかったが、プレミアムなんとかになってからは、アメリカ人のランキングでファーストフードのコーヒーでNo.1に選ばれたのは有名。スタバやシアトルベストなどを押しのけて。スタバのは確かにローストしすぎなきらいがあって、ポンポンが弱い僕は2杯飲むと体調に影響アリ。その点マックのコーヒーは、適度な酸味と苦味、さわやかな後味がポイント高い。しかも100円なのにおかわり自由なことはあまり知られていない。


台風が来ると気圧の影響で必ず体調を崩す僕、予想通り今日の夕方、気圧の壁はやってきた。今回は耳からきた。昔から三半器管が弱くて、急に電話の声がよく聞こえん。あと普通に人と話していても、頭がぼんやりして言っていることの半分くらいしか理解できない。帰って即寝た。


http://www.youtube.com/watch?v=FCKIthJKVQ4
総武線、というかさらにその先の支線に住む僕としては、これはかなりうけた。笑いっていうより、形態模写だが、実にうまい。


西新宿deepバルコンチキ  (2007.07.01)

「封印列車」「モスクワ指令」「東京急行」なんていうロシアでソ連なワードを聞くたびにゾクゾクするハトです、こんばんわ。


昨日は課長と西新宿のバーキンに行った。それにしてもマクド本社のあるビルに一号店を出店するとは・・・運営会社のリヴァンプは結構ロックしてるようだ! で、付いたら行列で、1時間待ちとか。並びたくないのでメニューだけもらって帰る。


仕方なくカレー屋に入る。隣の席にいた、女二人がすごく気になる。「ナンと中生おかわり」なんて言って、土曜のまっ昼間っから巨大なナンをつまみにヤケ酒っぽい雰囲気で飲んでるのだ。二人ともなんとなく「体張ってる生きてる」オーラが出ていて、話している内容は聞こえなかったが、おおかた前回の合コンの反省会的な内容だろう。いやはや、なんともすさまじい光景だ。あとで課長に「あの二人何歳くらいですかね?」って聞くと、「たぶん26、27。どう考えても20代前半の飲み方じゃないね」とのこと。うーん鋭い分析。確かにビールの飲み方というか、いやジョッキの置き方が、板に付きすぎている感じだった。


店を出ると目の前に、東京モード学園がコクーンタワーというビルを建設中。まだ半分もできてないが、こんな奇怪な代物が新宿駅前に200mの高さで立ち上がると考えると、今の西新宿は実にアツい。近くで見ると、マユ糸状の外観のうち、水平に近い一部は窓ガラスに印刷されたフェイクだが、他は実際の構造体のようだ。看板に「丹下都市設計事務所」とある。もう死んだ丹下だが、奴の亡霊はよっぽど西新宿の調和を破壊したいらしい。第一弾は90年代の東京都庁とパークタワーだった。それまでレイトモダンの墓石がそれなりに調和していた西新宿に、突如あらわれたポストモダンのノートルダム寺院にしてスターリン的ビル群。今度のモード学園が都庁の反対から挟みこむようにして、奴のパンクな計画は死して遂に完成する。
西新宿は当初たしか、おそらく、コルビジェの「光の都市」を意識している。だがその名前と裏腹に、更地に白亜の京王プラザホテルだけが建っていたあの「太陽にほえろ」の時代から、すでに死臭のする街であった(いや、生まれるまえだが)。西口駅前のあの意図のよく分からない地下広場、通称「太陽と泉のある広場」も、名称と裏腹に実に「明るくない」。いや、これでもベトナム反戦ロック集会をやってた頃に比べれば、照明が増え明るくなったほうだ。
おそらく、ここからは僕の推論だが、西新宿は1970年の時点で、すでに「モダンの終焉」を表象していたのだろう。それが死臭の原因である。鈴木了二がアールヌーボーについて書いたところによれば、「勢いのあるモードには、必ず倒錯的な死の香りがあるからだ。モードとは中に歴史の死をつめ込んで真新しい意匠で包むビンのようなものだ。だから新しさという蓋がどこかにいってしまうと、死臭をまき散らすとめどない古さが取り残されるわけだ」※1とある。西新宿ははじめから蓋のないまま提供されたビンだったのだろう。丹下が西新宿でパンクしたがるのは、おそらくここにあったのだと思う。


−ちなみにこの日記に出てくる課長とは、現実社会での役職名ではなく、より観念的で実存的なものだ。(?)


※1 「ギマールの地下鉄とモードの空隙」より


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