2006年05月
公道でパニック(豊橋編)  (2006.05.24)

GWに注文した車がやっと来た。
定時で帰って、車屋が持ってくるのを待つ。携帯が鳴る。「道に迷いました。」
何度も電話で道順を案内やりとりして、1時間後ようやく到着。乗っているのは知らないおじさん。
僕が買った神奈川県のマニアックなディーラーは30前後の若い店長が趣味でやっているような店で、納車もその店長が持って来てくれる予定だった。
知らないおじさんは言う、「息子が急遽これなくなりましてね。暇なんで私が来ました。父です。」パパ登場か!なんだかアットホームなディーラー。

早速近所を走ってみるが、免許を取って以来7年ぶりのマニュアル車、かなり緊張してクラッチを踏む足がふるえ、何度もエンストする。しかもウチの近所は坂が多くて、交差点の度に坂道発進、うまくできずに、後ろの車に追突しそうになる。

ドイツ車らしく、ドアの剛性感、金属感はフニャチンな国産車とは比べ物にならない。
中古車なのだが、前の持ち主は豊橋市民。ディーラーに行った時はまだ『ファーレン豊橋』のシールが貼ってあった。相変わらず僕は豊橋には何かと縁があるらしい。


だから突然泣き出した。  (2006.05.23)

中学の修学旅行レベルのシモ会話で盛り上がった(?)夕食を食べ終え、部屋に帰ると、僕はなんだかとても泣きたくなった。

悲しいことなんて、何もないはず。

それは失われた時への、強い哀惜に始まる感傷だった。この6年と少し、僕の周囲を色々な瞬間が集い、やがてまもなく散開していって、気がつくと僕はそのほとんどを失っていたのだった。

最近は、生活の変化もあり、結構忙しくも充実していて、僕は自分がこれまで様々に時間を失ってきて、また今も失いつつある存在であることをこそ忘れていた、ようだった。

「見かけより、近くに。」


クローイの攻撃  (2006.05.14)

お風呂にまたGが発生。ボディーシャンプーをかけ、熱いシャワーで排水溝に突き落として一件落着。この間連休中に出たのは小ぶりで、まだまだアナキンって感じだったけど、今日のはデカかった!成虫だ。いよいよシス復活の日(梅雨)が近づいてきている予感がする。


それにしても、今日生まれて初めて一瞬思ってしまった、Gって意外といい奴かもって。なんか結構彼は彼で頑張ってるんじゃないかな、だってエサもない真っ暗な風呂場でじっとしてるんだよ。
「ひょっとしたら僕よりも頑張り屋かも。ちょっと見直しちゃったよ。でもやっぱり君の見た目はキライなんだけどネ。いつか仲直り出来る日が来たら、その時は一緒に呑もうネ。だから今日のコト、君を水で流しちゃったコトは、水に流してネ!」と、単にオヤジギャグの前フリでした。


そんな、いつもより少し彼に近づけたという気持ちで部屋に戻った僕は、さっそくホウ酸団子の配置を見直し、ゴキジェットの素振り(試射)をしたという。


ダメヨダメダメ  (2006.05.13)

酔って帰ってきたらADSLが開通してた。


さて、
月1回しか東京行かないので、現状どうなってるかいっこうに存じませんが、近々中央線の電車が銀色のに変わるらしい(写真)
もう、これ全然ダメアルヨ。
オレンジのじゃないと中央線乗る気しない。銀色じゃ気分的にお茶の水の古本屋とか楽器屋とか行けない、明大リバティタワーに潜入して展望学食で昼飯喰う気にもなれない。それにこんな最新のじゃ、阿佐ヶ谷とか西荻の風景になじまない。


キツネリス  (2006.05.09)

GW明けの今朝、革靴を履いて出かけようと、下駄箱の取っ手に手をさしのべ、蓋を開ける。
革靴の底に白い綿状の物質が群生している。革靴を持ち上げると底だけでなく、一部側面まで白くふんわりと覆われている。
カビだ!
GW中に何度か雨が降ったが、その時履いたスニーカーを濡れたまま上の段に置いていて、底から滴る水分が原因らしい。
革靴をはたくたびに、舞い上がる胞子、朝から気分はナウシカ。


須田町の記憶  (2006.05.08)

万世橋の所の交通博物館、なくなってしまうんだね。のりもの好きな僕には、なんとなく、あそこは思い出の地。
おもてに置いてあった、0系新幹線の目が、ちゃんと光るのが好きだった。
なくなる前に一度行ってみようか。
2006年、こうして東京の中心が、またひとつ、消えようとしていた。


GWのラッシュな休日  (2006.05.03)

【5/1】
>朝、K市の某金融機関に行く(サラ金じゃないよ)
>S市役所へ行って印鑑証明を入手
>電車で東京へ向かう
>途中、武蔵野線に乗り換え、松戸の床屋へ
>池袋へ。ハンズで小物を買う。
>夕方、立教大学へ
ヴェンダース監督来日講演。早めに着いたので、正門前の個人喫茶でアイスコーシーをすする。とにかく蒸し暑い日だった。早くも東京の雰囲気に疲れていた。人多いし、みんなしかめっ面してる。個人喫茶で騒いでいた学生が散って行ったので、置いてあった毎日新聞を読み、少しゆったりする。なぜか店主が20年前のマッチをくれる。物置から出てきたらしい。書いてある電話番号が3から始まっていない。
開演30分前になったのでタッカーホールに向かうと、予想外の行列。果たして入れるのか?と思ったが、ギリギリ席を確保できた。行列中にヴェンダース本人がワイフ?とキャンパス内を徘徊しているのを発見。背が意外と高い。何人かの女子がサインを貰ったり、映研らしき人がビデオを撮らせて貰っていた。そして開場後なぜか「ヴェンダース氏の到着が遅れているので、開演時間を遅らせます」とのアナウンスが。会場内「さっき暇そうにウロウロしてたじゃねーか!」のブーイング(※1)。まあそんなこともあって、いよいよ開演。学部長だかの退屈な挨拶の後、"新作"と称して糞なショートフィルム(ビスケットと間違えてLSDを大量に食べた男の話)を上映。会場内ドンびき。その後ヴェ氏の講演。通訳と交互に話すので長い。2時間以上はあった。そして通訳の女性の余りのシロウトぶりに、ヴェ氏も半ギレ。通訳嬢は事前に用意した原稿を読むのがやっとといった緊張ぶりで、途中、次に言うことを先に訳してしまったのが、たまたま横文字の固有名詞があったせいでヴェ氏本人にもばれて、"She is trying very unbelievable job!"とか言われてた。その他にもヴェ氏が小津の『東京物語』について触れた折、「私の作品である東京物語」と訳すなど、致命的に教養不足な通訳だった。
>9時過ぎ、京急の大鳥居に向かう。T君に会って夕飯食べながら軽く呑む。「格差社会はこれ以上広がらない、団塊の世代の集団退職は、彼ら自身の金が市場に出るだけではなく、団塊が抜けたおかげで管理職に昇進する30代後半〜40代前半の勤労者の購買力を増大させ、空前の好景気がこれから訪れるのではないか」と言ったことを僕は言った。そしてベストセラー『下流社会』の糞っぷりと、この本同様にアジ的なタイトルかつ中身ゼロの新書を出版し続ける光文社に対して革命の旗がここに揚がる。
夜遅いので、T君の家に泊めてもらう。

【5/2】
寝坊。とりあえず急ぐ。
>京王線に乗って橋本の中古車ディーラーへ。雨が降ってきたのでSATYで傘を買う。
>昼、池袋のメトポリの映画館で『かもめ食堂』を観る。
これ、すごく好き。役者がいいです。もたいまさこが朴訥かつ酔狂ないい味を発揮。小林聡美の魅力に気づく。素敵です。将来嫁にするならこういう笑顔が自然に出る人がいいです。惚れた。映画中に、隣に座っていたおばちゃんが、アメをくれた。一体なぜ、おばちゃんはいつもアメを持っていて、知らない人にアメをくれるんだろう?映画が終わるとおにぎりと豚のしょうが焼きと焼いた塩鮭が食べたくなる。
映画館を出て、少し池袋の西口を歩く。街頭スピーカーから何故か、スローテンポなゴッドファーザーの曲が流れていた。当然高音割れまくり。全然街の雰囲気ともあっていなくて、まるで熱にうなされた時に見る悪夢のような心境だった。
>夕方、表参道ヒルズへ。
厭味のない造り。吹き抜けを中心として、直線的な三角形を螺旋構造とした分かりやすさが悪くはなかった。自動ドアに金がかかっていて、開き方と閉じ方が丁寧でした。地階でヴェンダース夫妻の写真展『尾道への旅』をやっているので見る。
>夜7時、新宿、雨。
去年ヨーロッパで知り合ったK君と会う。僕は、普通の居酒屋あたりでいいと思っていたんだが、なぜかK君は「モツ鍋or串焼!」を連呼。雨だし、店もよく分からないので、適当に「串」と書かれた店に入る。そしてアスパラベーコン巻を肴に焼酎を呑みながら、だらだら話す。K君は今の仕事を2年位やったら、アフリカとか南米旅行に行きたいと言う。10年後みたいな話になって、K君は「たぶん独身、色々な国を旅したい」と言い、僕は「娘を連れてディズニーランドに行きたい」と言う。なんでディズニーランド?って聞くので、「シーでもいいよ」と言う。そういう問題じゃない。
串焼は意外に高く。無駄に散財。
10時くらいに店を出て、マイシティのスタバに。1年ぶりくらいだ。懐かしい味がした。
>そして電車に2時間も揺られ、僕は千葉に帰った。地元の駅を降りると、また懐かしい香りがした。


※1 後で知ったことですが、ヴェンダースはキャンパス徘徊後、『キャバレー日の丸』に行っていて遅れたらしい。嘘ですが。


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