2005年10月
手記  (2005.10.31)

あと1時間で10月が終わる。
あのどうしようもなく空虚で、なにかを失っていくだけの10月が。この1時間に僕は今思いつくことの全てをここに書いてしまおうと思う。そして時計の針が真上をさした瞬間それをやめることにしよう。
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思っていることを全てうまく表現できたなら、なんて心地がよいことだろう。でも僕はこうやってキーボードに向かったり、思っていることを伝えたい人と一緒にいるときには、いつもそれができない。僕の頭の中で物事はゼリーみたいにあいまいで大体ちゃんとした形を持たなくて、それでもこれが自分の意思だ、と思えるくらいにはイメージはまとまっている。それが自分の外へ出ていく瞬間に全部はじけ飛んで、霧のように蒸発し、消えてなくなる。あとに残るのはとても表面的な思考の残滓と、経験によって形式づくられた言葉の修辞のみだったりする。たいていはそれでもなんだか格好がつくのだけれど、ときどきにくやしいと思う。
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簡単に言ってしまえば、それは僕の頭が悪いのと、表現力がないことになるのだろうけど、だからといって僕の中に伝えたいことがいまだ残っているのは紛れもない事実で、それをとにかく伝えなければ、僕は死にきれないなと思う。
その伝えたい何か、それが僕のたましいそのものなのかもしれないのだけど、じゃあ自分にたましいが、世にいういわゆるたましいが本当にあるのかと自問自答してみると、素直に肯定できない気配はひどく濃密で、僕の中のそんなたましいもどきのゼリーのかたまりは、グチャグチャに軟らかいだけでなく、たまねぎの皮むきのように、またはマトリョーシカみたいに、奥に奥にと探ってみても、結局何も見つからずに、がらんどうの空虚な中心だけが存在するんじゃないかと、ときどき恐くなったりする。
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そんな僕の中心のがらんとした空間を誰かに埋めて欲しい。僕もその人のそんな空間を埋めたいと思う。きっとそれは幸せなことなのだと思うから。あくまで盲目的な雰囲気は否めないけれど、人生はそれでいいのだと思う。盲目的に幸福を追って、何がいけないというのだろう。結局僕らがこの地上に、この世界に滞在する期間はごく僅かなのだし、それに究極的に言って僕らはこの人生ではほとんど何も知ることができないのだから。だから幸福とともにただ過ぎゆく、それは本当に正しいのかもしれない。
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前からうすうす思っていたのだけど、僕はきっと30歳まで生きてはいないと思う。最近は本気で、というより達観している、諦観している。そしてそれまでの間、そのがらんとした部分さえ満たされれば、それでなんだか十分だと思っている。
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あと15分しかないので、まとめに入る。
たぶん、この文章を読んだ方の大半は、僕の頭がおかしいのだと考えるだろう。次に、そんな頭のおかしい人のサイトや写真が好きだったり、リンクしてしまったことに自責の念を抱くかもしれない。でも、どうか自分を責めないで欲しい。ただ願わくば、ここにこんな人間がいたことと覚えておいて欲しい。そして僕が、ここに来てくれる方をとても嬉しく思っていることを。
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さて、11月だ。


倒錯するパンドラのおもちゃ箱  (2005.10.27)

私はこの半年間でたくさんのものを失いました。
その多くは自分の内側に属するものでした。
それはもう永遠に戻ってこないと考えています。
なぜならそれはもともと自分の内部に本当にあったのではなく、長い間そう錯覚していた、もしくはそんなふりを演じていただけに過ぎないと思えるからです。だからそれはけっして失われたというのではなく、ただ所有権の不備に気づいただけなのでした。
東京に帰ってきた日、何もかもが違ってみえました。かつて私の生まれた東京と、今私がいる東京はまるで別の世界の出来事のように感じています。その二つの世界のはざまにこのサイトは存在しているのです。今も、きっとこれからも。
これから私は、世界と自分との関係を一から考えていかねばなりません。それはとても辛い過程になると自覚しています。時々頭がぐちゃぐちゃになって、それ以上思考を進めることができなくなります。そして結局のところ、私は世界に対して果てしなく距離を置いた関係しか結べないと思うのです。悲しいですが、こんな風にして先のビスタが見えてくるものなのでしょうか、良かれ悪かれ人生というのは。


[みた]
チャップリンの『殺人狂時代』
「一人殺せば殺人鬼で、百万殺せば英雄か!」か。


宮崎あおいがハタチになること  (2005.10.25)

そんなわけで来月30日に宮崎あおいが20回目の誕生日を迎えるわけで、今日はあらためてその社会的意味とか、今後の日本人の価値観とかについて考えていきたい。(大げさ)


私が思うのは、日本は子供のまま大人になっていい社会にまっしぐらなこと。外見的にも精神的にも。もともとそういう傾向があるこの国だけど、90年代のバブル崩壊以降からそのペースはますます増している気がする。それでもまだ数年前まで、とりわけ安達祐美がハタチになった2001年頃までは、安達祐美が家なき子シェイプのまま成人することに顔をしかめる向きがあったし、なんとなく安達自身の表情にも「あたしこのままでいいのかしら」といった感じのやや屈折した迷いが見受けられた。また数年前、安達祐美が結婚式場の中吊り広告に「結婚したいな・・・」のコピーとともにソフトフォーカスで出演したときも、通勤中の団塊サラリーマン諸氏が「まだ早い!」と自分の娘のことのように呟いたり、つい最近でも安達祐美が所謂オメデタ結婚を発表したときも、マスメディアこそ歓迎的ムードだったものの、主婦の井戸端会議においてはまるで中学生ヤンキーが妊娠したかのような非難めいた、つまり「子供が子供を産むの?」的な発言が少なかったとは思えない。全ては安達の外見が家なき子の延長であることに原因があると思われる。もう24歳なのにね。


宮崎あおいの場合、外見的にいよいよネオテニーな感じは否めないけれど、私は今回「宮崎あおいがハタチになること」が妥当なものとして社会に認知される気がしてならない。つまり宮崎あおいの誕生日をもって、日本社会は(少なくとも外見的に)子供のまま大人になっていい社会に完全に移行してしまうのではないか。そしてそう遠くない将来、それがむしろ『美しいコト』として捉えられる時代が訪れる予感がするのだ。
これってなんとなく、団塊の世代が大量定年することが関係している気がするのだけど。先の「まだ早い!」と怒った視点はまさに父親の立場のものだが、彼らは老後を迎え、父親からおじいちゃん世代になってしまうわけで、つまり「けしからん」という大人が減っていくわけで。


<まとめ>
私も「宮崎あおいにかわいいままでいてほしい」と思っているよ。
まとまってない。


アトケ終了のお知らせ  (2005.10.23)

本日を持ちまして、アトケの更新を凍結します。
今まで撮ったのにアップされなかった、現像してなかった、あらためて見ると意外と良かった、といった写真を中心にファイナルクリアランス展示を行っておりますのでご覧ください。一部今までに掲載・使用したものも混ざってますが、ご容赦を。
さて、アトケでは長らくフィルム主体の機材となっていましたが、今後アトケの後継となるモルトケでは、機材はデジタル中心になります。また京都以降の私の心境・環境の変化に応じ、内容についてもアトケとは色味が異なってくると思われますのでご期待ください。近々公開の予定。


傘と遠足と、それから。  (2005.10.22)


310000はきっとこのまま終わりません。終わらせようとしても、なぜか終わらせることができないでいるのです。


一. 常に物事の本質と然るべき姿を捉えていくこと。
一. 思考の根源的な抽象・曖昧性、発想の極端な狭隘性、そして立場(自己位置)によるこれらの変化について観察を深めること。
一. 「意義」という価値観をより重視すること。


このコラムについても、今後は以上の3点をより強化しつつ、続いてゆくのでしょうね。


ただ、しかるべき時期を待つこと  (2005.10.16)

そして不思議なことに、私はまた東京にいる。
自分が東京にいない場合と、東京にいる場合。この二つの状況の間の断絶とは一体なんなのだろうか。それは本当はとても些細なことなのだけど、私にとってはアイデンティティの大部分をゆさぶるような、切り離せない意味があるような気がしてならないのだ。


また、色んなことが始まるかもしれない。
近く、今まで公開できなかった写真の中から総集編を作ろうと思っている。


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