2004年08月
毎日ヒトメボレ  (2004.08.31)

日曜日は雨しとしとで寒く暗かったのだが、一応映画に行こうとか考えていたので地下鉄に乗って日比谷へ。
アメリのオドレィ=トトゥが出ている、
『堕天使のパスポート』
を見る。かなりいい映画。普通にオススメできる。結構グロなシーンがあって、隣に座ってたおばさんが途中でトイレに逃げ込んだ。オドレィ=トトゥは相変わらず良い。あの独特の喋り方。口先で突き出すように、キスするようなあの喋りかたが好き。
それより、映画館の係員のお姉さんが良かった。とり立ててかわいいという訳でもないんだけど、少しがっしりして、少しふくよかな感じ。好きなタイプだった。足もいい、足も。
で、帰りに有楽町のガード下の昭和風食堂で、ビフテキ定食を食べる。バイトの女の子がキレ長の目で良かった。きっと18歳くらいだ。なんか、最近女を見るたびヒトメボレ。
変態ぎみ。


<最近ビデオで見た映画>
『ラブ・アクチュアリー』
イギリス映画なのに、この明るさはなんだ。幸せすぎる映画。イギリス人もかわいい。僕は顔的だけなら、あのアメリカのバーで出てくる青い服の子がいいが、総合評価では首相秘書のナタリーだ。あのポッチャリ感と表情はたまらんね。
『散歩する惑星』
意味不明のノルウェー映画。ホントにひどい。シュールというか、僕の中でこの映画のイメージはマザー2(ゲーム)の『どせいさん』の国に近い。マザー2は面白いゲームだが、この映画はつまらない。見るだけムダ。
『マッチスティックメン』
ハリウッド映画から遠ざかって久しい僕だが、こういう作品を見せられると、「やっぱりハリウッドすげぇ」と思ってしまう。ニコラス=ケイジ演じる詐欺師の男が、妻が離婚後に生んだ娘(アンジェラ)と15年ぶりに再会する。自分の中にアンジェラへの愛情の存在を感じた男は、詐欺師であることを隠そうとするが、バレて結局彼女も詐欺に協力することになり、犯罪を通じての父娘の心が通じ合っていく経過を描く『レオン的ストーリ』かと思ったが(まあ、例えそうだとしても非常によい映画)、後半の大どんでん返しとその後のラストへの筋書と演出のうまさ。こういう映画は小難しいことを言わずに評価できる、と思う。
あと、アンジェラはなかなかかわいい。
あ、また女の話か。


座る位置と映画への姿勢の関係  (2004.08.30)

映画館に行ったとき、あなたはどこに座るだろうか?
縦軸は前の方?後ろの方?真ん中あたり?
横軸はやっぱり真ん中が一番?
前の方のはじっこに座る人は少ないでしょう、見づらいし。
僕は見る映画によって、座る位置を変える。
真剣に見るタイプの映画や、カンヌ系みたいのだと、真ん中中央あたりの一番見やすいところをキープ。ハリウッドのCGバリバリ娯楽系だと、見てて疲れるから後ろの中央、SFなら首が痛くなるくらい前に座ったりする。
ちなみに土曜日に見に行った『釣りバカ』みたいな松竹系の場合は、後ろの方で左右はじに近いあたり(ドア付近)に座るようにしている。日本映画は少しヒキで見るのが好きなんだ。特に『釣りバカ』みたいな年齢層の高い作品になると、そのあたりの席ではおばあちゃん達が菓子をくちゃくちゃ食べたりして、なんとも形容のできない雰囲気を醸している。あと老人はよく遅れてドアから入ってくるし、頻繁にトイレに行ったりして、純粋に映画を見る人には障害にはなる。でも僕はその手の雰囲気は松竹系には重要だと思うし、そのためにわざわざそこに座る。とはいえ場合によっては、隣の老紳士が妻にいちいち映画内容を解説したりして、迷惑この上ないときもある。つまり、
映画館でのポジショニングの問題は結構複雑だ。


また、同時にどこの映画館に行くかっていう問題も大事かもしれない。
ちなみに僕は、一般的な作品は有楽町〜日比谷界隈の映画館。キッチュだったり退廃的な雰囲気のある映画なら新宿、ミニシアター系は渋谷(というかそこしかやってないし)、アニメなら池袋、そして今回の『釣りバカ』のような映画を見るときは、たとえ有楽町でもやっていたとしても、あえて上野に見に行くことにしている。
映画館の雰囲気もまた重要な要素なのだ。


そして僕の意見。  (2004.08.29)

昨日の釣りバカにおける社会風刺は、ひとことで言って、
「即物性へのアンチテーゼ」であったと思う。
以前から何度もこのコラムに書いてきたが、日本社会が、とくに企業の人事における方法論が、近年急速に即物的になってきている。今回釣りバカでは、主にスーさん(三國連太郎)のセリフを通じて、僕が感じてきたことを改めて認識させてくれたと思う。
例えば、社員全員に目標達成シートみたいなものを書かせて、成果主義の指標にするとコンサルが提案すると、
「こんな紙きれ一枚でなにがわかるんだ。社員たちは毎日上司や同僚に顔をあわせて一緒に仕事しているんだぞ。お互いのことは本人たちがよく知っている!」
というようなことをいう。正しい。本当にコンサルっていうやつらは、人を物としか見ていないのだろう。これが僕のいう即物的という状態なのだ。
人間が人間を物としか見なくなった時、それは社会から人が疎外されたといえる。人が疎外された社会は幸福だろうか?たとえ金銭上の利益は生んだとしても。結局、人が生きる喜び、ひいては社会の幸福というものは、対人間との関係からしか得られないと思う。身近な例で言えば、連休に友達や彼女や家族と旅行するというのは、旅行すること自体が楽しいのではなく、旅行を通じて得られる同行者との関係の進展、互いの仲を深め、確認するところに本当の喜びがあるのではないか。もしそういうものがなかったとしたら、旅行でなくて単なる移動になってしまう。
どんな世の中になったとしても、社会は常に人間を中心に作られねばならないと思う。これって別に社会体制やシステムの問題ではなく、実は僕らが明日からできることなのだ。
単純に、自分の周りの人のことを考えよう。自分のために何かしてくれた人に感謝し、その人にお返しをしよう。つまり愛。キリスト教でいう、アガペー。
結局利益なんてのは、愛の結果ついてくるオマケのようなものなのだから。


ところで釣りバカを見た後金券ショップに立ち寄ると、恵比寿の東京都写真美術館でやっている『世界は歪んでる』展のチケットが特売だった。会期終了が近いから定価の1/3くらいだったので買った。4時頃に恵比寿に着き、見る。
すごくつまらない。ていうかなんだこれは!
シュルレアリスムを狙った外人写真家数人のアートな作品。まぁそれはいい。問題は写真家ごと掲げてある解説の文章だ。なんだかよく分からないと思って、下に書いてある英語を参照してみると、訳がおかしいところが多い。接続詞が不適切だったりして、日本語として明らかにおかしい。そしてそれを真剣なまなざしで読む「僕は私はアートわかります」な若者達、君らは本当にこの文法が普通じゃない文章を理解できるのか?本当は、読んでも全然意味不明なのに、利口に見られたいから説明の前で読んでるふりしてるだけじゃないんですか?僕は絶対にあの文章理解できません。アートが分からないからじゃなくて、日本語じゃないからです。


釣りバカを見る  (2004.08.28)

家のテレビの上に、なぜか釣りバカ日誌15のタダ券があったので、見に行った。やはり観客は高齢者中心だったが、正直今回の釣りバカはシリーズ最高の良作だと思う。
西田敏行の釣りシーン・馬鹿シーンは相変わらずなのだが、今作では
1.小津の『麦秋』をオマージュした結婚ドラマ
2.負け組を作りだす日本社会への痛烈な批判
が最大のテーマとなっていたように思える。
1の方。江角マキコが筧利夫の実家に行くシーンなどは、アングルが明らかに低い。画面がビスタサイズのせいで小津っぽさは落ちるものの、完全に狙っている。というか、それ以前のシーンでスーさんの奥さんがプラズマテレビで『麦秋』のDVDを見て、「やっぱり小津映画はいいわぁ」というシーンがある。いきなりスクリーン全体に原節子の顔が映ったときには何が起きたのかと思った。
2の方。江角が勤める経営コンサルが、鈴木建設にリストラ案・成果主義案を提案する。それに頑強に拒んだのが、スーさんこと社長であった。今回のスーさんは相当毒舌で、利益のためなら冷酷なリストラも厭わないような現代の日本企業の姿勢への批判が連発される。また、経営コンサルが相当な悪者に描かれている。江角は人を物としか見ない経営コンサルのやり方に耐えられなくなり、考えの近いスーさんに共感していく。ここからはいつもの釣りバカのパターンで、スーさん・ハマちゃん・江角がそれぞれ知り合いだったことが判明し、話は江角が経営コンサルを辞め、秋田に戻って筧と結婚するという流れになるが・・・


「経営コンサルだなんて、人の会社を食い物にする連中だ。ウチのかわいい社員の首をあんな連中に切られてたまるか!」
正直、スーさんにここまで毒を吐かせて社会風刺を描くとは思わなかった。これらの風刺に対する僕の意見は明日分のコラムで書くつもりだ。今回、小津アングルを持ってきた点、映画料金を一律1000円にした点などをふまえ、松竹が本気で映画のあり方を考え出したようにもみえる。
釣りバカはもうかつてのような単純な娯楽作品ではない。娯楽より人間ドラマに重点を置くようなってきた。そして松竹の看板として、ポスト『男はつらいよ』世代の日本映画を背負って立つ、社会派映画になった。


ところで今回、鈴木建設が品川に移転しているのが、時流を反映していておかしかった。


310000の名刺完成  (2004.08.27)


待望の310000の名刺が出来てきた。
これから映像作品等を進めるに際して、名刺のひとつやふたつ必要だろうとの考えからである。
今回は友人が勤めることが決定した浜松の会社に印刷を依頼した。画面上でサンプルを選んで、会社名や電話番号を入れられる。フォントを指定したり、ロゴ画像を作って入れてもらうこともできる。値段はカラー100枚で4000円であった。この会社はかなり良心的で、印刷具合などを何度も調整に応じてくれて、非常に親切な印象を受けた。
ここで名刺を作るときは、備考欄に「310000の紹介です」とひとこと添えてくれれば・・・別に安くなりません。


目が覚めると秋だった  (2004.08.26)

昨日付の日記で午後3:48まで寝た話が書いてあるが、これは飽くまでも日曜日の話。このコラムの特性上、日付だけがグングン先行する傾向があるので誤解を受けやすいのだが、別に会社をさぼっているわけではないあしからず。


で、その22日の日曜日は14時間くらい眠り続けたわけだが、これは単に疲れがたまっていたとか、前日に酒を飲みすぎたからという理由によるものだけではないと思う。
僕はアレルギー体質で季節の変わり目にけだるくなり、体調をくずしたり、妙に眠くなって延々と寝続けることがある。今回のケースもこれだ。夏が終わり、秋がやってきたのだった。あの日3:48に起きて外に出るとすべてが一変していた。もう、夏の気温、陽射し、そして希望と生命の喜びに満ちた空気はそこにはなかった。あるのは秋の憂愁と、決して遠くはない冬への槌音だった。前日までは風が吹けば、成熟した草木から蒸れた香りが立ち昇っていた。今はもう風が吹いても、『木枯らし』というレクイエムの前奏曲しか聞こえない。
さて、このコラムで少し前に、「空がおかしい、秋空みたいだ」と書いたが、あの頃はまだ空以外は基本的に夏してた。今は本当に秋になった。僕が14時間寝続けてる間に、東京は季節を越えたのだった。


<最近見た映画>
『おもちゃ』
赤線廃止、つまり売春防止法施行前後の京都の舞妓たちを描く。深作欣二監督。下働き少女時子が舞妓に成長していく中の、心の葛藤を世相を背景に交えつつ描く。
内容、演出、セット含め非常に良い作品だと思うが、ひとつ言わせて貰えば、時子が大阪に行くシーン。昭和33年の設定なのに、歩いているのが現代人、町を走っているのがカローラ2、通天閣の看板には『日立のパソコン』の文字が。ここまでセットや再現性にこだわったのだから、このあたりも何とかして欲しかった。でも無理か。
余談。何十年と変わらない風景を提供しているあの通天閣だが、吊り下がった日立の看板だけは日々刻々と時代をフォローアップしている。ちなみに今年の初めに僕が言ったときは、『日立のITソリューション』だった。ITソリューションなんて抽象的な宣伝してもしょうがないので、この宣伝は日立の一種のシャレだと受けとめたい。


遅く起きすぎた朝は・・・  (2004.08.25)

朝起きたら9:48だった。昨夜はJRコンビニ時代の社員と飲んでいて、頭が割れるように痛かったので、もう一度寝る。


変な夢を見た。高校時代の夢。
みんなで体育館で体育座りをしていた。前の方にはIという国語のハゲ教師がいて、みんなで口々に「ハゲ、ハゲ」と叫んでいる。しばらくすると、誰かがブリーフ&トランクスの『小フーガハゲ短調』を歌いだした。僕も混じって「ハーゲーハーゲーカーミノケーキエサッテユクー」とコーラスする。夢中になりすぎて、気づくと周りは誰も歌っていない。Iが僕をにらんだ。近づいてきて耳をつままれた。
この夢は実にいい線をいっている。実際に僕がやりそうなことを暗示しているのだ。気分がのるのが遅いわりに、引き際のタイミングが苦手だ。ウチの父親も同じようなことを言っていたし、妹も言っていたので、どうやら退却が苦手な家系らしい。戦国時代なら一番弱いタイプだ。


で、目が覚めると午後の3:48だった。かなりショック。こんな時間に起きたのは何ヶ月ぶりだろう。学生時代以上に遅い。映画を何本か見に行こうと思っていたが、無理なので開き直って自転車でお茶の水の丸善に買い物に行った。
丸善の前でサラリーマン風の男に声をかけられた。僕の自転車に興味を持ったらしく、いろいろ聞いてくる。僕も調子に乗ってオリンピックの話などにまで発展させてしまったが、よくよく見るとかなり怪しい男だった。目つきがなんというか、新興宗教的な感じだった。仕事は出版社で品出し(なんだそれ?バイトか?)をしていて、今日は人と会うためにスーツらしい。あやしぃ・・・。突然彼は「あなたいい顔立ちですね。人相とか勉強してたんでわかるんですよ」とかいう。キター勧誘だ!
次に「頬がひきしまっていますね」ときた。
悪かったなハト顔で。
ところがその後勧誘するそぶりは一切なし。僕が「買い物あるんで、じゃ」というと、普通に去っていった。単なる自転車ファンだったのか?
一体誰なんだ、キミは。なんだチミは。


夜にSheep氏と近所で三脚を立てて、撮影の練習をしていると、帰りがけの両親に遭遇した。新宿コマ劇でやっている、「コロッケのものまねオンパレード2004」に行ってきたらしい。
なんだそれは。


ビデオカメラ購入!  (2004.08.24)

昨年の9/12に「爽やかなソラ系写真サイト」といういつわりの姿で公開を始めた当310000、本日ついに写真という枠を超え、映像作品の制作にシフトし始めた。
昼過ぎにSheep氏と上野にビデオカメラを買いに行く。こじゃれぶった感じの中華バイキングで昼を食べ、ヨドバシで購入。Victorのまあまあいい機種で73200円だった。ポイントでテープとかなり出来の良いカメラケースも買った。
早速家に帰りハト部屋で使い方を覚えながら、小津的な切りかえしで対談を撮ってみる。カメラを意識してしまって、かなり目線が怪しい、いかにも演技っぽい。まぁ、僕らが役者をやるわけではないし。あくまでも僕らは監督・演出・制作サイドの人間なのだ。
で、役者は誰がやるのか?不明である。実際の制作は来年くらいからだと思うが、やりたい人いたら声かけてください。


世界一純粋なラブストーリー?  (2004.08.23)


最近見た映画について書く(『秋刀魚〜』以外)


『パンチドランク・ラブ』
人づきあいが苦手で、女性と付き合ったことのない主人公が恋をする。仕事で海外出張の多い彼女に会いに行くために「プリンを買ってマイルを貯める」キャンペーンに挑戦したり、寂しさのあまり悪徳テレクラにはめられて金を脅し取られるといったようなドタバタを見せてくれる。
この映画、音楽や撮影技法において『古きよき時代』のラブストーリを思い出させるところがある。例えばハワイのホテルロビーで、雑踏(影)の行きかう中でのキスシーンを引きで撮る手法、ラストで二人が握った手だけにスポットライトを当てる手法など。当然ストーリー自体もとにかく妙なほどの純粋さに満ちているが、アメリカの片田舎の風景だけは殺伐としているし、町や工場は退廃的な雰囲気に浸っている。
終わってる国アメリカ、今も終わりつつあるアメリカ。その極めつけの退廃を超えたところに、こんな純粋さがまだ残っているのだとしたら、アメリカって国は本当にすごいと思う。
ところで、なぜ画面がシネマスコープ(1:2.35)なのかが不明。僕なら絶対3:4で撮るけど。


『CUBE2』
悪くないけど、悪くないんだけど、前作ほどのインパクトはないし、緊張感がなぜか薄い。今回はヘボいCGを多用していて、それがリアルな緊張感を壊しているのではないか。あと前作は数学的にキューブの構造を解明していく面白さがあったが、今回は超立方体って概念が意味不明だし、そもそも4次元とか言っているそれを映像に表そうとしているのが破綻の原因だろう。


『CQ』
ローマン・コッポラが監督。なんだかちょっと素敵な映画かも。90分くらいしかないので、チョイ見にオススメ。劇中劇の『ドラゴンフライ』が、この前見た実写版サンダーバードのペネロープ嬢とかぶる。ソフィア・コッポラが脇役で出てたらしいが、気づかず。というかそもそも僕はソフィア・コッポラの顔がよく分からない。


ところで相変わらず『ペネロープ 乳首』とかで検索してこのコラムに来る人あとを絶たず。誰だ?(笑)


続・秋刀魚の味への愛  (2004.08.22)


この映画、ストーリーが素晴らしいだけじゃないですね。映像も限りなく『小津ッテ』いて、美しいのひとことです。上の写真はオープニングの一コマ。この写真だけでも奇跡的なのに、これを映画でやる小津監督。空気感出まくりですね。
なんというか、本当にこの映画の素晴らしさは、語れば語るほどダメになっていく感じがするので、一度目で見て感じて欲しい。DVDとかレンタルしてますよ。
秋刀魚>東京物語
今の僕の不等式。


サンマの味がする人生  (2004.08.21)


小津安二郎『秋刀魚の味』を再見。なんというか、あらためて適切な感想が思い浮かばないが、ひとことで言うとただただ「素晴らしい・・・」
この作品こそ、映画の中の映画である。このコラムを読んでいて、まだこの作品を見ていないアナタ、結構損してますよー。今まさにハイジャックしようとしているそこのアナタ、とりあえずこの映画を見てからでも遅くないですよー。見れば必ず踏みとどまるでしょう。
(明日も続く)


パサート・ポロ・ゴルフ  (2004.08.20)

会社帰りに日本橋三越へ。ゴルフ練習に持っていくバックが必要だと思ったので買いに行ったのだが、売場のすさまじいダサさに驚きやる気をなくす。置いてあるバックもワゴンセールのヤバイデザインのものか、もしくはバーバリーなどの無駄にブランドしているものばかり・・・そもそも日本最高級の百貨店にして、この地方のスーパーみたいな雰囲気はなんなのか。まるで※大宮の高島屋みたいだ。
やる気をそがれた僕はデパ地下で、「美味しんぼにも掲載されました」と大々的に自慢している、たこ焼き発祥の店のたこ焼きを2パック買う。ソースをかけない『元祖タイプ』らしい。明石焼きに近い。
結局向かった先は神保町(笑)
昨日行ったヴィクトリアでゴルフバックを買う。
家に帰り、大急ぎでディナーを食べてゴルフ練習場へ。最近レッスンコースに申し込んで、今日が練習初日だったのだ。レッスンプロに教えられて180球ほど打つ。下手糞だ。雨がさんさんと振る中、汗だくになり。終わったときには筋肉がパンパンに腫れていた。1時間半×12回で29000円のこのレッスン、かなり安いと思うが、球代の方がむしろ馬鹿にならない。


※大宮の高島屋へ行ったことない人は一度行ってみることをお勧めする。あれは一種のタイムマシンだ。


世界の中心で?  (2004.08.19)

むくっと起きるともう昼前だった。フローリングの床に氷結果汁レモン(ロング缶)が倒れていて、そこから透明の液体が流れ出している。
そうだった。昨夜はSheep氏と二人でここで飲んでいた。来週から共同で始める映画撮影の話をしながら飲んでいたのだった。
朝食はパスして、自転車に乗って僕は南へ向かった。鶯谷経由で都心へ向かう。山手線の線路を越える陸橋の上からラブホテル街が見える。『起きぬけ』というにはあまりに遅い時間だが、僕は鶯谷駅の改札で切符を買うカップルの姿を勝手に思い浮かべていた。
本郷三丁目の交差点にせんごくという洋食屋があったので、入ってみることにする。交差点を俯瞰する景色のいい店。僕は粗挽きのハンバーグを食べた。
神保町に行って、トロワバグに入る。前から行ってみたいと思っていた喫茶店、本当にいい店であった。雰囲気や音楽は好みだった。端っこの席に座るとノートが置いてあった。何十年もの間の書きこみ、この店の歴史がそこにはあった。僕は最近の日付の書きなぐられた若者の恋愛の悩みを見つけた。おそらく大学1、2年生の男子だと思う。とっても汚い字なのに、かえって純粋な思いが伝わってきた。僕は最後の頁にその子への返信を書いておいた。
ノートを元の位置に戻し、ふと後ろを振り向く。「カフェジェラートはじめました」の文字。その時店のレコードから『暗い日曜日』が流れてきた。なんという素敵な店だろう。この神保町のトロワバグ=世界の中心で人は悩み、思いを独白する。そしてそれを奏でる音楽の存在。
店を出てヴィクトリアへ行き、ゴルフのグローブを買う。次に靴屋で革靴を買う。これが今日の本来の目的だった。
またコーヒーが飲みたくなったので、今度はかづま珈琲に入る。高級な店内。銀座にもあるんだそうな。知らなかった。


(最近日付だけがグングン進行しているが、これは16日日曜日の夜に書いている。)


それで帰京する、ゆば  (2004.08.18)

最近コラムの日付が先行しすぎだ、やばい!
いや、別にやばくないか。むしろいいぞ、未来日記!
というわけで、キャンプから無事舞い戻った。いや、決して無事ではない。車こすった。親戚から借りた車を少しこすった。ってかオデッセイ後ろ見えないよ。ま、幸い軽傷でほとんど分からないので、弁償とかはなさそうだ。


帰ってきて早速310000をチェックする。この三日間のアクセス解析を見てみると、50人〜60人/日とかなり多め。みんな暇でネット見ながらゴロゴロしてるのか?お盆中って
で、アクセス解析は検索エンジンから来た場合に、どういうキーワード検索で飛んできたかわかるようになっているのだが、今回気になった検索ワードに
「ソフィア・マイルズ 乳首」とか
「サンダーバード 乳首」とかが多かった。
確かに数日前のサンダーバードの感想にそんなことを書いたのだが、本当にそんなキーワードで検索する人がいるとは思わなかった・・・。乳首ってやっぱり大事だね。


2012年感動の旅  (2004.08.17)


『2010年』が好きな理由-2


「泣ける!僕ははじめて映画で泣いた!」
SFで泣くだって?・・・そう思う人もいるだろう。確かにいきなりこの映画をビデヲ屋で借りてきて見ても、どこが泣き所か分からないと思う。しかし!『2001年宇宙の旅』をじっくり見てから『2010年』を見てみよう。絶対涙するはずだ、上の写真のセリフに。
簡単に説明しよう。上の写真の赤い目玉はディスカバリー号に搭載された人工知能コンピュータHAL9000=通称ハルだ。前作でハルは殺人を犯してしまう。ハルの下した判断に異常を感じた乗員達が、ハルのスイッチを切ろうと計画するが、それを察知したハルは様々な方法で次々と乗員達を殺していくのだ。
今回ディスカバリー号に着いてハルの電源を入れたのは、ハルの設計者かつ人工知能の教育者であるチャンドラ博士だ。チャンドラはこう考えていた、「ハルの精神異常の原因は矛盾した命令と、さらにはその命令を乗員に秘密にしておくように命じられたためだ」と、「決して自己防衛のために殺人を犯したわけでないと。」
さて『2010年』の後半で木星に異常な現象が起き、急いで木星から退避することになったレオノフ号。その時点で地球に帰還するための燃料が足りず、レオノフ号をディスカバリー号にドッキングし、ディスカバリー号のエンジンを第1ブースターとして使うことで、帰還しようと試みる。自己防衛のためにハルが殺人を犯したと信じているチャンドラ以外のクルー達は、計画をハルに秘密にしようとする。なぜならブースターとして使われた後は、ハルの乗ったディスカバリー号は宇宙の藻屑となってしまうからだ。だがエンジン点火時間が迫るにつれ、ハルはチャンドラに問いかけるようになる。「今出発すると地球に帰還できる燃料が足らないのではないですか?」と。チャンドラはしばらく「最近できた宇宙ステーションとランデブーするんだよ」などと苦し紛れの嘘をつくが、ハルは理由を知らないと点火できないと反論する。点火のリミットが近づく。ハルを信じてチャンドラは本当のことをいう。「ディスカバリー号を踏み台にして、レオノフ号で帰還する。ディスカバリー号は自滅するだろう」と。緊迫した沈黙が流れる。ハルは自己防衛のために、絶対点火をしてくれないだろう、誰もがそう思った瞬間にハルは沈黙を破り答える。
「わかりました博士。」
そして少し間をおいて、
「真実をありがとう。」
上のシーンだ。

このシーンは正直僕は涙を流す。チャンドラの思ったとおり、ハルの行動原理は自己防衛なんかではなかった。ハルはただ真実が知りたいだけだったのだ、たとえそれが自分にとって最悪の真実であっても・・・。何度も嘘をついてハルを苦しめ、精神異常にまでさせたのは何より人間の方だったのだ。

ディスカバリー号から退去しようとするチャンドラに、ハルは最後の質問をする。
「チャンドラ博士、私は夢を?」と。
いよいよチャンドラはディスカバリー号からレオノフ号に乗り込む。
「ありがとう、ハル。」
「さよなら、チャンドラ博士。」
ここでまた涙。


人間とコンピュータとの本当の友情が描かれたこの作品、見てない人はお早めに。


2011年減速スイングバイ  (2004.08.16)


『2010年』が好きな理由-1


「大気ブレーキがカッコイイ!」
『2010年』の船は、ロシアの宇宙船レオノフ号。これにアメリカ人達も同乗して、前作で宇宙に置き去りにされたアメリカの宇宙船ディスカバリー号を目指す。ちなみにディスカバリーが碇泊している場所は木星と木星の衛星イオの間にある、ラグランジュポイント。そこに行くために全速前進なレオノフ号だが、着いたときにブレーキをかけるには逆噴射する必要があり、燃料がもったいない。だからわざわざ木星のすぐそばを通って、大気摩擦でブレーキをかける。上の写真は大気ブレーキ初期の映像だが、レオノフ号は耐熱エアバックを広げ木星の重力に引かれて落ちてゆく。摩擦熱で燃えて煙で尾をひきながら木星スレスレを通り、速度を落として結局はまた宇宙に戻っていく。映像的にカッコイイ!


ちなみにこれと同じ理論を使ったものとして、スイングバイがある。これも惑星の重力にひかれて落ちながら加速し、結局速度を増してさらに遠い星に向かうという方法だ。いわば惑星を踏み台として使うわけ。実際にアメリカの土星探査機などがスイングバイを使っている。


2010年  (2004.08.15)


13日の金曜から16日の月曜まで会社休み。
とりあえず日曜まで東京を離脱してキャムピング。
その間コラムを書けないので、今まとめて書いてしまいます。
今回は三日連続で映画『2010年』特集。
つまり単なる手抜きコラム。


<『2010年』を知らないアナタへ>
あの天才監督キューブリックが手懸けた傑作SF『2001年宇宙の旅』の続編としてピーター・ハイアムズが作る宇宙SF。超気合の入った特撮と哲学的なテーゼの前作に比べて、あらゆる意味でとってもショボイ。メカや特撮には金かかってないし(とはいえそこらのB級SFに比べたら凄いが)、哲学的な内容も薄い。音楽のオーケストラもなぜか演奏がヘボい感じになっている。
でも僕はこの『2010年』の方が遥かに好きだ。その理由は次回!


UNITED COLOR OF BENETTON  (2004.08.14)

国連に世界の平和維持を期待しすぎるのは無理な話だと思う。
「国連は各国の利害を超えて、中立な立場から世界の番人となることを理想としている。」
確かにそういう一面も時に垣間見られるが、国連はそもそも日本やドイツといった第二次世界大戦の枢軸国が、再び侵略を起こさないよう阻止する目的で設立されたという。
まず日本語がいけない。『国際連合』とは"UNITED NATIONS"の訳語だが、連合軍もまた同じく"UNITED NATIONS"の訳語なのだ。つまり日本語では国連と連合軍はまったく無関係に見えるが、海外では国連は連合軍と同義なのだ。『国際連合』=『連合国軍』なのだ。
で、日本やドイツを監視する目的で設立された国連は、まもなくその目的を失うことになる。なぜなら世界は東西の冷戦構造という新秩序に向かったからだ。仮想敵国を失った国連は、ひたすら抽象的な存在になってしまった。国連の掲げる平和の意味も曖昧になっていった。この抽象化された『平和』というスローガンを『自由』というお家芸の大義に絡めて、軍事大国の道を、また新たな侵略者の道を歩んだのが、ご存知某A国であるように思う。


赤いポストの坂の町で  (2004.08.13)

ボーリングフォーコロンバインを見た。
あのコロンバイン高校の銃乱射事件を踏み台にして、銃社会への痛烈な批判と警告、さらにアメリカという国が抱える本質的問題を描く。監督マイケルムーアによると、−そしてこれは僕の意見とまったく一致するのだが−、アメリカという国は『恐怖』と『消費』が再生産され続ける国なのだという。人々の恐怖心を煽る政府とそれにつけこんで消費を煽る企業。しかも消費がまた新たな恐怖を生むことがある。考えてみて欲しい、マクドナルドの食べすぎで肥満という『恐怖』に陥り、ダイエット薬が『消費』される循環を。さらにはダイエット薬の副作用という『恐怖』が生まれ、生命保険が『消費』がされる循環を。(ちなみにこの背後にメディアの影響も見逃せない。『肥満クライシス』とか『副作用の脅威』といったテレビ番組が『恐怖』の生産を加速させる。)


ところで、この作品の痛烈な批判は、企業(世界一の武器メーカー『ロッキード』や弾丸を売るスーパー『Kマート』)や全米ライフル協会、そしてネオコンサバティブな政府に焦点が当てられているが、僕はこの視点には少々疑問を感じる。黒人や貧民を単純に被害者化して美化し、反動的な政府やブッシュにすべての責任を負わせる視点。これはわかりやすいのだが、結局は単に犯人探しをしているにすぎない。作品中に少し魔女狩りの話が出てきたが、マイケルムーアの視点も実は魔女狩り的である。
もちろん僕にはこれを非難する資格はない。僕も魔女狩り的な視点の持ち主であるし、そもそもこれは「責任の所在を明らかにする」という人間の持つ性質に由来するものだと思うからだ。


アメリカの持つ病理はおそらくもっと深刻だ。政府が悪い、企業が悪いと責めて解決するものとも思えない。なぜならアメリカが経験したのは資本主義という仮面をかぶった一種のアディクション=中毒だからだろう。『恐怖』と『消費』の二つを交互に腕に注射する。時に『恐怖』→『消費』→『恐怖』という流れがショートカットされて、『恐怖』→『恐怖』になることがある。なんとなく言いたいことが分かると思うが、これってアメリカが行う戦争の姿に似てないだろうか? −恐怖の応酬という点で。


世界最大の経済大国にして軍事国家アメリカ。この国は2億5千万人を収容できる麻薬患者病棟があり、当然門のところには『自由』というスローガンが掲げられている。


タイプ別性格診断  (2004.08.12)

普段無根拠な占いとかはやらない僕だが、行動心理学のような科学的な手法による分析には興味津々だ。10分で終わるおもしろい正確類型判定サイトを見つけたのでやってみる。以下に結果を抜粋する。


<ISFJ型:義務感が強い>


"このタイプは裏方に回りたがる。敏感、のんき、几帳面、従順、義務感が強い。活力の源が内面にあり( I 型)、五感で受けとめたものを現実としてとらえ(S型)、その活力をおもてに表すときは、もっぱらほかの人のために(F型)、きちんとタイミングよく(J型)使う。人に尽くし、人を喜ばせることに人生の意義をみいだす。ISFJ型にふさわしいイメージは頼りになる防波堤で、いつも黙って出番を待っている。J型なので、干渉されると愚痴をこぼすが、結局は義務感が強いので、やるべきことをやる。ISFJ型は約束や義務を真面目に考え、ほかの人にそんなところを利用されるがままでいることが多い。ISFJ型の男らしさや女らしさの問題は、男性の場合は複雑で、女性の場合は単純すぎる。ISFJ型がいわゆる女らしいタイプだとすると、ISFJ型の男性のやさしく、気配りがきき、おとなしく、従順という資質は、典型的な「男らしい」行動とは正反対である。その結果、もっと男らしく振舞うために、本来の行動を無理やり抑え付けかねない。その場合、やりすぎてしまうことがあり、必要以上に男性的に振舞ったり、酒や煙草を飲みすぎたり、男らしさを「証明する」ためにやたらと闘争的になる。ISFJ型の子どもは、喜んでひとり遊びをするので、比較的手がかからず、きちんとしているし、従順である 総じて、よく勉強するし、模範的な子どもになる。ISFJ型は子どももおとなも意外に頑固なところを見せることがある。だが、相手の権威や役割意識や責任感を認めると、折れて頑固さをひっこめる"



・・・あたってる気がする。
子供のときよく一人レゴとか一人ブランコとかしてたし・・・。


▼URL
http://www32.ocn.ne.jp/~emina/


UK映画だいすき!  (2004.08.11)

『えびボクサー』はおそらく最高のUK映画だ。主人公が金儲けのために巨大エビに見世物ボクシングをさせるという、あほストーリー。だが、エビに保湿剤を塗ったり、餌を与えているうちにエビの本当の気持ちに気づく。なぜならテレビのニュースで映った海の映像を見てエビの目が潤んだからだ。彼は本当は海に帰りたいのだ。
そして最終的に主人公とエビとの間に友情が芽生える。もうメチャクチャ。でもなんだか愛さずにはいられないこの映画。UK映画の本当の魅力を知った気がする。『リトルダンサー』とか目じゃないよ!
そしてUK映画としての基本も押えているのが偉い。鮮度が悪くてとびきり不味そうな食い物、ヒップで下卑ていてオバサン体型のヒロイン。
(でも真ん中の写真の風船膨らます絵はちょっとかわいい)


この映画に今一度ひとこと。
「クール!」


フシギナニチヨウビ  (2004.08.10)

8/8、つまりこれを書いている日曜日は少し不思議な一日だった。午後に新宿の伊勢丹にお買い物に行こうと思っていたので、途中お茶の水で降りて『エチオピア』のカリーを食すことにした。久々のお茶の水の駅、着くとつい写真を撮りたくなってしまい、いろいろ撮る。道端にサービス券を配る美容師さんがいたので、写真を撮らせてもらう。一応サイトの宣伝もしておいた。その後、『エチオピア』でチキンカリーを食す。なんだか前より味が落ちたような気がする。結局お茶の水では60枚ほど写真を撮った。


新宿の伊勢丹で買い物して、三越のフルーツスタンドでキウイジュースを飲み、山手線で帰る。電車の中でケータイをいじっていると、隣に座った老紳士が話しかけてきた。
「月々いくらくらい通話してるの?」
どうでもいい話だが、暇だったのでしばらくいろいろ話す。彼は78歳で、今日は中野にカラオケのレッスンに行って来たとの事。ちなみに今は五木がアツいらしい。
日暮里でお別れかと思ったが、奇しくも同じ常磐線だった。さらにしばらく話す。彼は新日鉄の運転手を40年間勤めたという。
「よく重役を乗せて、君津まで飛ばしたよ。」


結局トータル30分くらい話した。
なんだか不思議な日曜日だった。


ウサギとカメ  (2004.08.09)

新幹線に関して一言いわせてもらえば、僕はのぞみよりもこだまのほうが好きなのだ。確かにのぞみは速い、ひかりやこだまをぐんぐん抜かしてゆく。
逆にこだまは駅に停まるたびにのぞみやひかりに抜かされる。競争心まるでなし。でも好きだ。
こだまってのは、実は二世なのだ。新幹線ができる前の東海道線の最速特急はこだまだった。彼のお父さんだ。
やっぱりいつの世も、育ちのよい二世はのんびりしているもので、あまりガツガツしていない。新幹線こだま号も、「お先にどうぞ」とばかり人がいい。なんという余裕。一番速いのはのぞみだが、一番懐が広いのはこだまである。


さて、こだまがなければのぞみやひかりの通過駅の人は困ってしまう。のんびり屋にも存在価値があるのだ。
世の中にはいろんな人がいるけど、それぞれに役割があって、みんな必要な人たちなんだよなぁ。
ホントにそう思うよ。


ソフィア・マイルズの乳首  (2004.08.08)

8/7から公開の実写版『サンダーバード』を見に、有楽町まで行ってきた。いつもどおり、金券ショップで1300円の前売券を買って見る。

<感想>
うーん。いまいち。期待が大きすぎたせいか。
基本的に人形劇『サンダーバード』の持つシュールなおかしさと、異様なリアリティを実写版で表現するのは難しいのだとは思うのだが、なんとなく所謂ハリウッド映画になっているのはどうかと思った。あと、基本的にアメリカ人は『カッコよさ』というものがわかってないと思う。わかっているなら、メカのディテールにもっとこだわっていると思う。ひとつの目的を成し遂げる技術的手段にも、
粋と無粋があるのだ。
(凡例)
目的:サイレンを鳴らす
手段A:ボタン押すだけ=無粋
手段B:ハンドルをクルクル回す=粋
といった感じ。
この辺がわかっている人がこの映画を作ったなら、ヒロイズムと父子の絆といったアメリカ人が好みそうなテーマを前面に押し出した作品にはならなかったのではないか。


ただ、オープニングのアニメ絵は素晴らしい仕上がりだったし、なにより右上の写真にあるピンクの車だけはディテールを含め素晴らしい出来だった。この車の持ち主の英諜報員レディ・ペネロープ嬢(ソフィア・マイルズ)は服からインテリアまでピンクピンクピンク。そして車もロールスロイスの改造車でピンク。リカちゃん人形的だが叶姉妹的ケバさはない60年代リアルセレブっぽさ。この車、タイヤが六個あるし、空も飛ぶ。そして彼女のお屋敷の中庭にはピンク車が他にも2、3台。この2、3台というのが実にいい。ついCGを利用して、何百台もピンク車を中庭に整列させるところだが、それをやったらおしまいだ。なにしろ現実的ではない。彼女はきっと買い物用とか、デート用とかでピンク車を使い分けているのだ。この辺のリアリティの追求はなかなかうまい!
で、彼女のピンクのネグリジェ?からはよく乳首が透けているのだが・・・欧米人はなぜノーブラに抵抗がないのだろうか?
日本人もぜひ欧米を見習ってノーブラに!


桃、桃子、百恵  (2004.08.07)


今日の朝食は桃だった。桃だけだった。
これはSheep氏宅からいただいた山梨のおいしい桃。
朝食はこれで十分。なぜなら僕は桃が大好きだから。


アイラブピーチのある東京


近況ソラ区  (2004.08.05)

今年の空ってなにかおかしい。


S氏は言う。
「もう秋の空だな。」
確かに空が高い。それにヒツジ雲というか、ウロコ雲というのか、そういったボコボコした秋の雲が出ている。


「もう残暑のようだね。一ヶ月季節が早まったんじゃないか?」
と、U氏。
まったくだ。7月に比べてなぜか涼しい気がする。


S氏は笑う。
「じゃあ今度の正月は12月1日だな。」


僕はようやく口を開く。
「旧暦みたいですね。」


そういってクスクス笑い、再び空を見上げる。秋の顔をした空に、入道雲がニョキニョキしている。不思議な空だ。


とにかく、今年の空はなにかおかしい。


芝浦ラーメン、注目です。  (2004.08.04)

昨夜また首都高に行った。今度はSheep氏と一緒だ。
夜の首都高を走るのって、ホントなん年ぶりだろう。大学2年〜3年生くらいのころを思い出す。あの頃はよく深夜の首都高を爆走した。時速180キロといった新幹線みたいな速度で走って覆面ポリに追いかけられたのが懐かしい・・・。
それで今回は日曜日と同様、C2王子線へ向かった。
夜霧に霞む新宿の帖高層ビル、東京タワー・・・普段あまり見ることのない距離から見る夜の東京は幻想的で美しく、かつ怪しさに満ち満ちていた。
そんな風景の中を走っていると、つい色々なことを話したくなる。

女のこと、愛のこと、映画を撮ること、京都旅行のこと、仕事のこと、東京のこと、銀座のこと、将来のこと、結婚のこと、女性が働くということ、生きるスタンスのこと、思想のこと、何県の女が一番かわいいかということ、首都高を2時間以上もくるくる回りながらそんな話を続けた。2時間話して首都高料金2人で700円。下手に喫茶店なんかに入るよりも安いし、落ち着いて話せると思う。ガラス越しにあふれゆく光の洪水を見ながら話しているので、結構精神がトリップしているというか、脳が活性化されるというか、なぜか結構話がしやすい感じがした。楽しい。


帰りがけに、レインボーブリッジ近くのパーキングエリアで、冷凍のフライドポテトと不味いココアを飲む。蛍光灯色の味がした。


自己の内面における映画の欠如  (2004.08.03)

最近見た映画


『200本のたばこ』
・・・雰囲気が素晴らしい!
「どうみても実在しないだろ!」といった感じに現実からかなりかけ離れた服装のNY若者達の大晦日を俗っぽくかつ甘酸っぱく描く。簡単に言えば、大晦日の夜にベッドを共にする相手をどうするかといった青臭い内容。キッチュ&ヒップって感じでしょうか。それにしても服装がメチャメチャだ。オースティンパワーズ顔負けのセブンティーンアイスのような色のドレスとか。
でも最後にちょっといい台詞が。
「タバコってのは他人に対するバリアなんだぜ。みんな煙幕を張って、人間関係をごまかしてる。」
その通り。僕もそうだと思う。


『ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ』
・・・まず、ジャクリーヌ・デュ・プレって人を僕は知らない。ビデオのパッケージに「チェリスト」って書いてあったので、「音楽家が主人公の映画=名画」という自分なりの方程式に導かれて、見てみる。つまらない。ジャクリーヌが、トリアーの『奇跡の海』の淫乱女。今回もかなり淫乱かつワキガ。


『左利きの女』
・・・小津をリスペクトした謎のドイツ映画。やはりヴェンダースやブルーノ・ガンツが関わっている。眠い。10分で寝た。
もう、どうでもいい。


こう書いていて、
最近自分の内面で映画という第七芸術が急速に色褪せてきているのを感じる。前みたいに映画から強い影響を受けたり、世界観を一変させることが少なくなった。いや、なくなった。
こうなった原因はもって不明。でも、とてもさみしい。


ルーレット族再来  (2004.08.01)

すごく久々に、いや数年ぶりに首都高を走った。そういえば車に乗るのも久しぶり。最近はずっとチャリと電車の生活が続いていたから。本当は健康のためにもチャリが一番いいんだけど、最近はこのとおり暑くて下手すると日射病で倒れそうなもので。

それに、チャリだとミクロな東京はよく観測できるが、移動できる範囲が狭いのでどうしてもマクロな視点が欠けてしまう。
そんなわけで久々に車に乗ってみた。
今日のお目当ては、いつのまにか開通していたC2(中央環状線)王子線、5号池袋線と既存のC2を結ぶクールなアレだ!

なかなかいいぞ、この道。近々新宿や渋谷の方まで延びて、4号や3号と繋がるので、ますます首都高のルーレット(意味もなく700円でぐるぐる走り続けること)範囲が広がることうけあい。オサラバC1(都心環状線)!

今日は天気も良かったので、景色が良く見えた。新路線は高いところを走っているので景色もバツグンで、池袋のサンシャインはおろか新宿の超高層ビルや港区方面のビル街が拝めた。今まで首都高は放射状の路線が主体で(C1除く)、遠くから東京の街の眺望を楽しめる路線がなかったので、正直意外な感動を与えてくれた。

しかし折しも渋滞。池袋〜神田橋に40分もかかったので、イライラはつのるばかり。行かなきゃよかった(笑)


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