2004年07月
ハイジャック専門学校  (2004.07.31)

昨日は送別会で3時過ぎに帰宅したので、目が覚めるともう11時位だった。なんどか吐く。部屋が酒と汗くさい。やだ。


で、2時からの新宿ミサイルの『ハイジャック専門学校2004』のチケットを買ってあったので、シャワーを浴びて銀座に向かう。


で、感想。
思ったより良くなかった。コンセプトとか好きなんだけど、ストーリーにちょっと思想的なものを感じてひいてしまった。身構えてしまったり、肩の力が入る芝居はあんまり好きじゃない。演劇には純粋に笑いと気楽さを求めたい、僕は。ブラックユーモアみたいのもやだな。斜に構えつつおばかな笑いが最高よ。
結局僕の価値観の主軸って、『キッチュ&シュール』なんだなぁ、ってあらためて思った。
パンフは飛行機の『安全のしおり』に似せたイラストで作られていて結構楽しかった。禁煙イラストの「消防法の関係で禁煙にご協力ください。中央区は路上も禁煙です。どうすればいいんだ。」という表現はわりとツボ。また「勝手にサンクス」と称して全日空やエールフランスがムリヤリ協賛にさせられているのは笑った。新宿ミサイルの次回に行くかどうかは微妙。アンケートとかなかったなぁ。これはこのほうがいいと思う。観客に負担かけるな。


天気が良かったのでスニーカーを洗った。
夕飯はきっとお好み焼きです。


アルジャーノンにキャベ2を  (2004.07.30)

送別会にいった。
なのに送別される本人と僕は当日まで面識がなかった。なんだよそれ。それに5000円と会費がかなり高くて、行く気があんまりしなかったが、ツキアイというかシガラミなんで一応行くことに。7時スタート。
で、やはりシガラミでガンガン飲まされることに。ビール瓶イッキは普通にキツイよ。あとカシスオレンジのイッキは胃の中が甘くなりすぎだよ。


9時ごろからバーで2次会、0時ごろから違うバーで3次会と続く。当初30人いた人数も15人→10人と減っていく。3次会ではフィッシュアンドチップスに酢をジャパジャパかけながら、キャミソールを着た人妻(30歳)とクラシックとドイツ料理の話で盛りあがる。あとは延々とドイツワインがどうたらとか、ブダペストでルラード食べたいね、みたいな話をする。正直かなりいい女だ。乳もでかい。顔も僕の好みの鼻立ちのきれいな埼玉顔で、聞いたら蕨出身の大宮在住だった。3時頃にようやくお開き。帰りがけにどさくさ紛れに少し乳揉んどいた。


で、当然電車なんてないので、タクシィで帰宅。このとき主賓(送別される人)が僕と同じ町に住んでいること判明。一緒に乗り合いして帰る。家がかなり近い。そして同じ小学校。タクシィ車中でかなり盛りあがる。共に小学校の校歌を歌った。


というわけで、相当きついです。体が。
朝牛乳飲んだらちょっと吐いた。誰かキャベ2買ってきてくれ。


喉がカラカラで釜飯な午後。  (2004.07.29)

愛の枯渇した時間を過ごす。
どうしようもなくやりきれない日々。
剥離していく自分の中の何か。
薄れゆく意識。
虚しさ
存在の虚しさ
空虚な世界


空を飛びたいな。


生きるって、この上なく哀しいことなんだな。
時の満ちる日に死を迎える。


また、空を飛びたいな。


愛さんさんと  (2004.07.27)

月並みな言葉しか思いつかないけど、


「好きです。」


クチベタな僕にはこれしか言えないけど、


「あなたが好きです。」


「一緒にいたいです。
抱きしめていたいです。」


それだけです、それだけなんです。


で、来週末も『暗い日曜日』を過ごしそうな
僕なんです。


三日連続カレーでした。
正確に言えば、カレー→カリー→カレーの順に食べました。今日のカレーにはカツがのっていたけど、やっぱりカレーとカリーじゃ大違いです。僕は断然カリー派です。
『暗い日曜日』のサントラで『アンドラーシュのテーマ』を聴きながら今夜はおやすみです。


カリー曜日  (2004.07.26)

免許の更新に行ってきた。
基本的にハメられた。着いたのが昼12時くらいで、免許センター昼休み。一時間近くも待たされることに。また、優良講習は所要時間30分なのに、講習が始まるまでに教室で40分も座って待たされた。
で、ついにゴールド免許化。しかし有効期限は平成21年とは・・・恐ろしく遠い未来の日付のように感じる。


帰りに再び須田町に行って、トプカでカリーを食す。東京の中心に位置するこのカリー屋には初めて入ったが、予想通りのかなりのハイレベル。辛い、そして店内にはなぜか肉体系のオタクさんが多かった気がする。タンクトップで野生系の顔をしているのに声が高い系の人達(サンジャポに出てくるテレンス・リーみたいな)が中心客層。なぜだ?(笑)
食い終わった後、店主と10分くらい立ち話。やっぱり店主とのコミュニケーションって大事だね。写真撮影も快く応じてくれた。いずれ『C級グルメ』で特集するかもしれません、気が向けば。


帰りにSheep宅で『にせんねんもんだい』のCDを借りる。


輝かない星と灰色の空を見た夜  (2004.07.25)

土曜日の朝11時頃に目が覚める。
朝食のパンとかウインナーとかは食べる気がしなかったので、近所の中華料理屋でチャーハン+野菜炒めのブランチと洒落込む。
部屋の掃除をして、自転車に乗って南へ向かった。とりあえず日本橋に行って丸善でボロボロになった小銭入れを買う。ついでにスイカとビールのポストカードも買う。喉が渇いていたので、今まで見た本物のどんなスイカよりも美味しそうなポスカだった。
丸善から出ると目の前に高島屋。高島屋の旗が風になびいていたので、写真が撮りたくなる。高島屋界隈で20枚ほど撮影。
銀座の片隅に気になっていたカフェ(アメリカーノが旨かった)があるので行ってみるが改装中。あれっ、こないだできたばかりじゃ・・・。仕方ないのでドトールでマンゴスムージーを飲む。とにかく外は暑くてそろそろ帰りたくなる。
帰りに秋葉原でiPODminiを探す。やっぱりサンプル展示しかない。名刺サイズで本当に小さくて、いずれ欲しい。
また喉が渇いたので、須田町に行って名曲喫茶ショパンへ入る。アイスコーヒー。しばらくタバコを燻らしながら、幻想即興曲やノクターンに耳を傾ける。音が小さい!隣で話していた出版関係らしい女性がなんていうか好きなタイプの埼玉顔。歳はいっているが悪くない。
今度は上野のヨドバシにいって、Sheep氏と共同購入予定のDVと三脚を下見する。結構安い。
家に帰ってきて、暑いので区民プールへ。2km泳いでお腹がすいた。夕飯はハト☆の母親謹製のキムチ汁。あんまりおいしくない(笑)
東京三菱の口座開設申込書が、「印章不鮮明」で戻ってきたのでハンコ押しなおす。ハンコをうまく押すのって難しくないですか?

夜12時からSheep氏と車で荒川の河川敷へ向かった。彼いわく『輝かない星と灰色の空』を見に。河川敷のゴルフ場の芝の上に裸足になって寝転んで、しばらく時間を忘れた。車の中で聞いた『にせんねんもんだい』の音が印象的だった。また行こう!


ところで、スーツを着てキャンプする夢を見た。
また何かの暗示かな?


帰らざる国  (2004.07.24)

最近このコラム、かなり性質が変わってきた気がする。なんだか精神的になってきた。


走りつづける夢を見たことは?
僕は何度もある。
走っても走っても永遠にたどり着かない夢。
そしてあの夢では、ひとつはっきりしないことがある。
何かに向かっているのか、それとも何かから逃げているのか、
ということが。
僕の場合は、おそらく逃げているんだと思う。
実は昨日もそんな夢を見た。走り続けて、逃げ続けて、目が覚めたとき「逃げ道はない」と感じた。おそらく正しい。「逃げ道は失われた」のではなく、「もともとない」のである。そして僕らは見知らぬ国に向かって船出をしなければならないのだ。子供の頃みた故郷の国にはもう戻れない。「一緒に船出してくれる乗船員募集!」ってのがいわゆる恋愛とか結婚なんだろうなぁ。


あとなぜかSheep氏の家にいって、彼のお母さんに最上級のカツオブシを手渡す夢を見た。いったい何の暗示だろう(笑)


僕という存在の耐えられない危うさ  (2004.07.23)

昨日のビアパーチーはすごかった。とくに二次会が。場所は原宿、ラフォーレ前。荒れ放題女がテーブルを乗り越え男につかみかかる。しかも目がマジ。世の中にこんな光景があるのか、と思った。そして会の中心にはムッツリ人事部長(独身)が。


なんのことかわからないと思います、すみません。わざとなんのことかわからないように書いているからです。
今朝、テーブルを乗り越えた女から謝罪のメールが来ました。異様なほどの冷静さを伴って。
昨日は人の愚痴もいっぱい聞きました。聞き流すんじゃなくて、マジメに聞きました。聞き流せるものなんて、世の中にあるんでしょうか?・・・くだらない愚痴なんて、世の中にないと思います。すべて真実、真実の思いなんだと思います。そして世の中に100人の人がいれば、100通りの人生観と価値があるのだと思います。人事部長には彼なりの、宴会幹事には彼女なりの、僕には僕なりの、君には君なりの世界が広がっているんだと確信しました。
それってすごく不安定なことです。
いくら自分の価値観が、世の中の趨勢に近かろうと遠かろうと、いかに保守的な生活態度であろうと、安心できることはなにもないのです。100人の人間は、100人それぞれが同等に『危うい崖っぷちの存在』だと思います。


でも僕はそんな『危うい人間という存在』が大好きです。
明日、Sheep氏と空を見に行きます。もう二度と見れない空を。


嫉妬Shit!  (2004.07.20)

最近おかしい。変なことばかりしてる。ため息ばかりついている。人に自分の心の中をさらけ出すような変なメールを送ったり。


原因が少し分かった。嫉妬だ。
夢を見た。内容は書きたくない、書けない。どうやら僕は強い嫉妬を感じている、心の奥で、無意識に。普段は意識にのぼらないが、夢で嫉妬の存在に気づいた。
そしてその嫉妬はすごく非合理で不条理。もう嫉妬する必要のない人への嫉妬心。ちょっと変だ。


たぶんこれは、独占欲から来ている。僕は普段、欲のない人間だ。あまりガツガツするのは好きじゃない。そうして欲望は抑鬱されて、ゆがんだ独占欲となって、こういうときに顔を出す。僕はとっても寂しがりやなので、寂しさみたいなものも同時に吐き出されるからますます変なことをする。変な人だ。


こんな人間が白昼堂々と街を歩く、正常人の顔をして。おかしい。
でも、僕だけじゃなくて、他にいっぱいこんな人はいるはず。そんな人たちがそ知らぬ顔をして街で出会い、言葉を交わす。結構狂った風景かもしれない。


「なんという世界なんだ。私のような狂人が、世界は狂っていると言わなければならないとは」(タルコフスキー『ノスタルジア』より)


東京カタパルト計画  (2004.07.19)

日本橋の三越に行ってきた。入口のところに福田官房長官がいた。以前世話になった50代の人が、福田官房長官にそっくりな人で日本橋界隈に勤められていたので、一瞬その人だと思って挨拶をしそうになってしまった。危なく政府要人に馴れ馴れしく声をかけるところだった。まあ、そんな話はどうでもよい。


本題。三越の駐車場は大手町近くの新日鉄ビルの地下にあって、そこから三越まではシャトルバスが運行している。以前からこの駐車場は使うことがあったのだが、今日はじめて駐車場の出口に「首都高速口」があるのを知った。いや、本当のことを言うと存在は知っていたのだが、あくまでも「首都高速方面出口」だと思っていた。単に出口を出ると首都高の入口がそばにあるだけだと思っていた。今日、この出口が本当に首都高に直結していることを知って驚いた。確かに地図でみると首都高(Y線)はこの付近で地下トンネルになっている。首都高からこの駐車場に直接入ることができるし、駐車場から首都高に直接乗り込むこともできる。カッコイイ!地下三階からそのまま首都高に乱入か!
この付近の首都高は'60年代に造られたはずだ。まだ戦後の面影が残る時代の東京。そんなさなかにこんな小粋なカタパルトを地下に造るなんて、東京すげぇ。しかも実用性は限り少ないのに・・・カッコよさ重視の演出か!これはかなり007向きの演出だ。敵に追われた007が都心のオフィスビルに逃げ込む。ビルの中をしらみつぶしに探す敵部隊、悲鳴を上げるOLたち。だが、いくら探しても007はいない。カタパルトの存在に敵が気づいたとき、007はすでに首都高を疾走していた。そんな展開の舞台にするためだけに造られたようなこの構造。
最近の東京にはこういう遊びが足りないよ。


「写真を撮る」ということ  (2004.07.18)

シンプルプランのSheep氏と夜にサイゼリアで会議。テーマは310000プロデュースの映画の計画についての概略。映画本編の制作はメンドイので、予告編だけを作る予定だったのだが、そっちのほうがはるかに大変だという事実を会議していて気づく。そして致命的なのは、僕もsheep氏もビデオカメラを持っていないということだ。まずDV(デジタルビデオカメラ)を共同購入して、クリップとかを撮る練習から始めることに。DVは10万以上するという固定観念があった僕らは、中古で購入する計画だったが、調べてみたら今日びDVはビクターとかのブランド品でも5万円くらいで買えることに気づく。デフレ万歳!


会議の内容は途中から違う方向に向かった。テーマはやはり「写真を撮ること」について。話しているうちに「写真を撮る」とは本質的にどういうことかが分かってきた気がする。以下、僕の考え。
結局、写真では現実の瞬間の1%も撮ることはできない。だけどその瞬間を撮らなかったら、1%でなくて0%になってしまう。美しい瞬間、大切な人、大事な物、好きな表情(=僕に撮ってそれは空だったり東京だったり好きな人だったりする)は次の瞬間には姿を変えてしまったり、消えてしまったりするものばかりだ。そんな瞬間を、失われがちなイメージを、写真という形式の中に拾い上げる行為、救出する行為こそが「写真を撮る」ということだと思う。


ブリッジと偏頭痛  (2004.07.17)

最近肩こりと偏頭痛が多いです。医者に相談したら、齢23歳にして更年期障害だそうです。嘘です。

『橋りょう』という言葉がある。川などにかかる橋のことで、よく鉄道の鉄橋などにそう書かれているが、なんとなくこの言葉が好きだ。とくに『梁』でなく『りょう』と書かれているところがグッとくる。なんだかひらがなのほうがワクワク感がある気がする。近年『さいたま』『いわき』など、地名のひらがな化が乱発されて不評を買っているが、『橋りょう』に関しては別だと声を大にして言いたい。


最近みた映画
『落第はしたけれど』
(小津安二郎・戦前・無声・フィルム状態悪し)
『ボーイズドントクライ』
(救いがない・絶望的・給水タンク・アメリカ田舎)


あと、急にエレファントカシマシが懐かしくなってCDを借りてきた。


首都高とタルコフスキーと  (2004.07.15)

明日労働したら三連休なので気持ちの落ち着かないハト☆です。今日ビデオでタルコフスキーの『惑星ソラリス』を見ました。よく、「肝心のソラリスに行く前に寝る人続出」と言われるこの映画ですが、案の定僕も開始10分で寝ました。そして監督の思惑通りに首都高のシーンで目が覚め、首都高を無理矢理に未来都市に見立てたタルコフスキーの鬼才に感嘆するはめになりました。そう、このロシア映画、未来都市のハイウェイのシーンになぜか1972年の首都高が使われているんです。しかも未来感を出すために、電子ノイズ音を含んだエア音(っていうのか?)をアフレコで流しつつ首都高速都心環状線を長回ししてます。それにしても、未来都市なのに、看板に銀座とか書いてあるのはどうなんでしょう。今もよく見るチェッカー無線のタクシイが今と変わらず無理矢理車線変更してくるのはホントにどうなんでしょう、運転マナーとして。
じゃ、みなさまいい休日をお過ごしください。(気持ち早すぎ)


『個人情報』 と 番号情報  (2004.07.14)

最近は『個人情報』や、その流出といった問題に過剰な反応を示す人が多い。たしかに、自分がいつどこで何を買ったか、いつどこへ誰と行って何をしたか、といったことはプライバシーと人権の見地からも保護されるべき個人情報だとは思う。

近頃多いのは、もともと公開されている情報を、保護されるべき『個人情報』と勘違いしている人だ。以前、販売のアルバイトをしていたときのこと。僕が働いていた店舗では、買った商品を後日撮りにくる人も多かったので、引換伝票に名前と電話番号を書かせていた。あるときこんなことを言ったオバハンがいた。


「もう油断も隙もないわ!こんなところでも個人情報を集めようとしてるのね!絶対やだわ、あたし買わない。まったく日本人ってのはホントにプライバシーの観念が・・・」云々


僕が思うことは、名前と住所と電話番号といった簡単な組合わせだけでははっきりいって『個人情報』とはいえない。もし、これらの流出が個人情報の流出と呼べるなら、個人情報なんてもう何十年も流出されつづけている。家に帰ってNTTのタウンページを開いて欲しい。名前はもちろん住所も電話番号も乗っている。これは本当に当たり前のことだ。ストーカーや悪徳業者におびえる人は、自分の名前・住所・電話番号が特定されることを恐れている人が多い。だがいまさらどうしたというのだ。もし悪徳業者からアナタ宛に電話がかかってきても、常に裏社会や名簿業者が絡んでいるわけではない、公衆電話にもおいてあるタウンページにもあなたの住所と電話番号は乗っているのだから。


BS2で  (2004.07.13)

『ムッソリーニとお茶を』を見た。


最近コラムだるいよぉ  (2004.07.12)

なんて思っているハト☆です。昨夜、今日からインドに行く人の送別会、通称『インド会』に行ってきました。え〜感想はとくになし。元気にやってくれよ、と。


『28日後』という映画を見ました。確か『トレインスポッティング』の監督が関わっているような、関わってないような・・・別に僕としてはどっちでもいいです、内容がよければ。
で、内容の方は、なんというか『アウトブレイク』っぽい緊迫感を出しておきながら、非常にハラハラもせず、ドキッとするシーンもなく、ヒネリもなく、淡々と進みます。どういう映画にしたかったのかが、いまいち不明でした。あと、イギリス映画と言えばロックですが、「とりあえずUKロックかけとけ」と言った雰囲気には辟易します。


来週京都からくるAさんに会うのが楽しみです。グッナイ。


財界二世学院  (2004.07.11)

みなさん、参議院選挙行きましたか?僕はもちろん行きました。投票箱の前に座っている人、楽でいいですね。バイトで1日2万円くらいもらえるそうです。地元の図書館に行ったら、貸出係のおねえさんが良かったです。たいしてカワイイというわけでもないんですが、笑顔がとてもステキでした。何度も本の場所を聞いたのですが、見つけて借りるときに「お探しの、見つかりました?」とこの上ない優しい笑顔が印象的でした。あと絶対おっぱいがデカイと思いました。あのふくらみ方はフェイクじゃないはずです。


目黒のあたりの首都高速を走っていたら、『財界二世学院』という看板を見つけました。なんとあやしぃのでしょう。ちゃんとした財界の二世は、慶應大学とかに行くはずで、こんなところへは行かないはずです。心なしか看板もすさんでました。家に帰ってからインターネットで調べたら、これはバブル期にできた専門学校で、二世のバカ息子を送り込む専門学校だったようです。今は潰れてしまったそうです。


夏を感じたので、宿題の日記風に文体を変えてみました。


世界のかたすみで額の汗を拭く  (2004.07.07)

夏の夕日が作る長い長い人の影。京成電車から見えるこまごました家とアンテナとアンテナの影。そして自分自身の影。今日は蒸し暑かったけど、最高に素敵な日だったと思う。そう、夕暮れの街を一人で歩く喜び。電車から降りてホームで何枚か写真を撮る。ホームのコンクリートがオレンジ色に輝く、生まれてきて本当に良かったと感じさせるその飽くなき美しさ。輝かしい世界。電車の向かいの席に座る女性達。ぜんぜん美人でもなく、むしろ器量の悪いほうというその顔立ちも、あらゆる季節の喜びを肌に受けとめていて、そこから生活の多種多様な『価値』が乱反射しいていた。いま一度思う。

「世界って美しい。」


で、ふとケータイを見るとメールが来ていた。僕が心の内で大切に思っている人からのメール。できれば喜びも悲しみも共有したいと思っている、そんな人が打ったメール。彼女が日本の遠い場所で微笑み、涙を流し、時に愛を叫ぶ。遠いけど近しい(と思いたい)彼女の淡々たる人生の存在。そんな事実を再確認するだけで、世界はますますその美しさを増した。


◆ぜんぜん関係ない話。
僕のケータイには『予測変換機能』みたいなものが搭載されていて、一文字打った段階で予想される単語が画面下にリストアップされる。さっき「無理」とメールに書くつもりで、まず「む」を打ったら、候補の一番目に「無職」が出てきた。別に無職じゃないけど、なんだか相当な角度でへこんだ。


インド深海四十気圧  (2004.07.06)

今日お昼にトンカツを食べていて、アラーキーの写真集『陽子』にあったセリフをしみじみ思い出した。
「キャベツが食べたいから、今夜はトンカツにしましょうね。」
そういう、なにごとにもこだわらずに素直に生きられる人生っていいな。


本を整理していたら、昔読んでいた本にイタズラ書きを見つけた。確か、去年の11月頃に描いたはず。その頃の僕の心理状態があからさまに出ていて、結構こそばゆい。ただ、「Jフォンはボーダーフォンへ」のところは自分でも意味不明。さらにこれが描いてあった本は『女子高生サブカルチャー社会学』というタイトル。う〜ん。


明日工場送り。
水虫超ヤバイ。


今日は結構元気・・・てか、名古屋だいすき!  (2004.07.05)

急におぎやはぎの挙動が見たくなって、最寄のTSUTAYAに『爆笑オンエアバトル(NHK)』のビデオを借りにいった。
なかった。2本あるのに、どちらも貸出中。少し遠いTSUTAYAにも行ってみたが、こちらも貸出中。仕方ないから、ドランクドラゴンのビデオを借りる。微妙すぎる。


夕刻に日本橋三越の近くを歩いているときのこと。電話をかける用事を思い出して、ケータイを取り出す、そして落とす。カメラ部の外周破損。しまったぁ、僕の商売道具がぁ!


チケットぴあで新宿ミサイルという劇団の『ハイジャック専門学校』のチケットを買う。尊敬サイトの超電磁ママのミエイさんが関わっているらしい。7/31が楽しみだ。


今日は日記っぽくて我ながら嬉しい。


拭えない人生のやりづらさを思う時に  (2004.07.04)

思うに『好き』とか、『恋愛』とか『結婚』といったたぐいの話は、人に話して解決する次元の話ではないのだと思う。それなのに女は話したがる、女はとにかく話し続ける。


僕は恋愛では決して悩まない。
悩むのは、相手になにかを求めてしまうからだ。それは『恋愛』かもしれないが、実は『愛』とは遠い。本当の『愛』とは見返りを求めない場所にある。だから路地裏の捨て猫を10秒間だけ抱いてやるほうが、男女間の悩ましい恋愛よりも、本物の『愛』に近いのだと思うし、極端な話、世間一般でいう普通の恋愛よりもいわゆる『行きずりの恋』とかのほうが、『愛』に近いと思ってしまう。
そんな考えもあって、僕は世間一般でいう『普通の恋愛』とはかなり遠いところにいる。そしてそれに結構満足している。


今日たまたまケーキ屋に行った。ケーキ屋の女店員が注文する僕の目を見つめて微笑んでいた。素晴らしく美しい微笑みだった。僕もその女店員の目を見つめて、軽く微笑み返した。しばらくの間、お互いにまばたきをせずに微笑んでいた。
僕はそのとき頭ボサボサの寝起きTシャツ姿だった。
もちろん女店員の笑顔は、営業スマイルに過ぎない。そして僕は二度とその女店員の目を見ることはないであろう。それなのに僕の心にはとても喜ばしい『何か』が充溢していた。その女店員と視線をあわせた時間は、とくに感情もこもらずに宙に浮いた時間なのだが、ただその10秒間を共有できたことがうれしい。広い世界で、たまたますぐ近くに存在し、同じモーメントを共有できたこと、それだけで満足だった。それ以上に求めるものがこの世にあるとも思えない。


二股、三股の恋愛関係に悩む女にいう。悩むくらいなら全部関係を切ってしまえと。二股も三股も平気でこなす人もいる。そういう人は悩んだりしない。悩むような人間には所詮かけもちは無理なのだ。全部関係を切れないってのは、未練があるわけで、結局相手にまだなにかを求めているわけだ。甘い、全部捨てろ。全部捨てて東北か伊豆に一人旅でも行ってこい。そう言う。で、実際東北の温泉に一人旅に行った女が友達にいたりする。そういう覚悟のある女とはいい友達になれたりする。


私鉄住民に告ぐ  (2004.07.03)

昨日ちょっとした用事で、田園都市線のたまプラーザまで行き、帰りは小田急線の新百合ヶ丘から帰ってきた。で、その感想。
なんで、東京南西部の私鉄沿線ってのはああも違う世界なのだろうか?
サラリーマンはまだ共感できるのだけれど、女子高生くらいが一番わけわからん雰囲気で、異世界感が漂う。


「私の住んでいるところは東京郊外川崎※1の丘陵地よ。家の近くはやっぱり同じような家ばかり。たまに大きな工場団地もあるけど。お父さんは大企業に勤めてるけど毎日急行がギュウギュウだから大変みたい。隣の家は重役だから『憧れのロマンスカー通勤』なんだって。学校は登戸にあって、友達はだいだいみんなオダキューで本厚木とかもっと遠くからくるの。土日によく遊びに行くのはシモキタか渋谷。山手線の内側※2にはあまり行ったことないの。」
※1たとえ住所は神奈川県でも、東京郊外といってはばからない。
※2私鉄沿線の子供は18歳になるまで都心の方に行ったことがない人が多い。


で、ここで常磐線の女子高生登場。
「私の住んでいるところは限りなく茨城に近い千葉県※3よ。家のまわりは家と畑と沼が多いわ。お父さんは大企業に勤めてるけど、常磐線は本数が少ないのと車両故障と人身事故で毎日通勤が大変みたい。なんだか白い電車は酒臭い※4ってよく愚痴ってる※5。まあ隣の家は農家だから通勤とか関係ないみたいだけど。よく遊びにいくのは池袋か新宿、と言いたいけどホントはほぼ柏で買い物。上野?あまり降りないかも。正月に家族でアメ横にカニを買いに行くからついて行くけど。」
※3たとえぎりぎり千葉県でも、「イバラキに近い」といえる謙虚さは常磐線の美徳。
※4常磐線の酒臭さは気のせいではない。ぜひ夕方ラッシュ時の上野駅から白い電車のボックス席に座って欲しい。ワンカップ、さきいかを手に将棋をさす団塊の世代あり。
※5当然本人も晩酌をしながら愚痴っている。


なんていうか、結局私鉄沿線ってツッコミどころがあるんだかないんだかわからないんだよね。やっぱり僕は私鉄沿線より常磐線沿線の暮らしの方が幸せに感じる。


全然ソラサイトじゃない。  (2004.07.02)

アトケに『停滞と分断』を追加しました。トウキョウソラ区の方は、6月の写真がたんまりあるのですが、なぜか掲載する気になりません。気が向いたら7月半ばくらいにひょっこり掲載するかもしれません。どんどんトウキョウソラから離れていく310000をよろしく。(6/30)


ハト☆的映画生活  (2004.07.01)

ここらで最近見た映画(ビデオでだけど)の感想。


『2010年』
・・・『2001年宇宙の旅』の続編だが、監督はキューブリックにあらず。2001年に比べたらクオリティーは遥かに落ちるものの、この作品を映画化しようとしたハイアムズ監督の度胸に僕はまず感動する。一番の名シーンはHAL9000の最後のセリフ。ディスカバリー号を捨てることを設計者のチャンドラが正直に話すと、HALは少し考えてこう言う。「わかりましたチャンドラ博士。真実をありがとう。」・・・2001年のHALを知ってる人には涙なしには見れないシーンだ。


『リベリオン』
・・・パッケージから類推するにマトリックスのパクリと思いきや、実は『華氏451℃』へ捧げられた作品。芸術や感情を禁止された未来社会で、クリリック(感情警察官)が叛乱に目覚める内容。ガンカタという銃撃用の武術の動きがよかった。内容的にはひねりがもう少し欲しかったが、少なくともポスト・マトリックスの作品としては、抜群の出来の良さは感じた。映画は常に進化する。


『知らないすぎた男』
・・・ビル=マーレイ演ずるコメディ。タイトルはヒッチコックの『知りすぎた男』のパロディ。なかなか良いコメディだとは思うが、笑いの部分はやはり英語が分からないとニュアンス的につかめないと感じた(僕はたぶん50%くらいの理解か)。ただ、ビル=マーレイの表情だけでも十分楽しめるのはさすが。良い映画は言語を超越する。


『パリ、テキサス』
・・・ヴェンダース作品。アメリカ映画として撮られ、セリフもすべて英語だが、やはり要所要所にヨーロッパ人的な考え方、撮り方が見えてニヤリとする。映像・アングルはとても美しいと思う。音楽?も好きだ。キネマ旬報のムックにはこの映画を評して、「映画はこんな絶望を知らなかった。」と書かれていたが、この映画を見て絶望を感じるには、ある程度の人生経験が必要だろう(僕はまだ足りないようだが)。ちなみにベストシーンは、ハイウェイにかかる橋から狂人が「安全地帯は失われた!」と叫ぶところだと思う。僕も今度銀座の端に行った際は、首都高を見下ろして「なんてことだ。狂人が”この世界は狂っている!”と叫ばなくてはならないとは。」と言ってみたい。


『まわり道』
・・・ヴェンダースのロードムービーのひとつ。僕には理解不能、説明不要。女の子がかわいかった。


『存在の耐えられない軽さ』
・・・途中まで見た。小説のイメージに比べるてなんとなく明るい感じが否めないが、これはやはり90年代に撮られたという理由によるものだろうか。テレサがかわいい。ああいうチェコ田舎娘と夜逃げしたい。


『暗い日曜日』
・・・最近の一番オススメ。5月12日のコラムに書いた曲の誕生のエピソードの映画化。話の筋とか諸々よく出来ていると思う。なにより曲が美しい。『暗い日曜日』はもちろんだが、ピアニストのアラディがオーディションで弾く憂愁たっぷりの曲が本当に素敵で、5回くらい繰り返しそのシーンを見た。
ヒロインのイロナ役の女優さん、あなたは本当にキレイです。そして乳も素晴らしいです。ああいう娘と深い関係になりたい。


結局娘の話ばかりだったりする。


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