2004年06月
サンダーバード1号  (2004.06.30)

で、昨日の続き。(といっても同じ日に書いてるが)
「東京駅も京都駅を見習って再開発しろ!」という話だった。おそらく「新京都駅のどこがいいんだ!」といった反論が出るだろう。確かに原広司はやりすぎた。平成のバカ建築ベスト3に入ってもおかしくないバカっぷりにムダっぷり。でも僕はそれが好きだ。


<京都駅が好きな理由>
まず、構造が非常に分かりづらい。全体的に暗くて黒いので、ボーっと歩いていると壁に気づかずに頭をぶつけたりする。改札口に通じてるものだと思ってたら併設のホテルの入口だったりする迷路な廊下。まったくコンセプト不明のロングエスカレータ。明らかに『戦艦ポチョムキン』へのオマージュと思われる大階段。あまり緑じゃない『みどりの窓口』。僕は初めて行ったときは本当に迷ってしまった。さすがは京都、駅からして「一見さんお断り」っぷり発揮だ。(でも、京都人も迷うらしい)


で、迷って歩きつかれてベンチに座って休んでいると、アナウンスが流れる。
「まもなく0番線※1に、サンダーバード1号富山ゆき※2が到着いたします。白線の内側に下がってお待ちください。」
その後も、サンダーバード1号が発射しますだとか、発車しますだとか。
「いったい僕はどこにいるんだ!」
こういう感覚を東京駅にも期待している。


※1京都駅にはなぜか0番線がある。
※2『サンダーバード』という名の特急電車。もともと『スーパー雷鳥』という名だったが、無理矢理英語に改名された。


たまには再開発求ム  (2004.06.29)

日曜日の話。チャリで神保町に行った。着いたのは昼過ぎで、ペルソナ(カリー屋)で遅めのランチ。三省堂で雑誌を2冊買って、エリカで本を読みながらコーシーをすすり、タバコに火をつける。


買った雑誌の1冊は、東京の再開発のCGムックみたいなやつで、安易な内容だとは想像がついていたが、安かったから買ってみた。


で、その雑誌を見た感想。
「再開発ってのは、たまにやるからいい」って感じだ。確かに、奥まった木造住宅地をぶっ壊してギロッポンヒルズみたいのを造るのは正直楽しい、はたから見ているだけでもワクワクする。が、それは1年に1回くらいがちょうどいい。東京で再開発がこれだけ並行して行われると、食傷気味というか、かなり飽きる。


飽きる原因は数が多いだけじゃなくて、どれもこれも個性がないからだ。金太郎飴だ。
「とりあえず高層ビルにして、上はオフィスか分譲マンション、下の方はエセレブショップで。余った土地には適当に木でも植えときましょう。」
「ついでにシネコンや外資系ホテルも誘致しときますか。」
といった感じに会議で決めたのがみえみえだ。


東京駅も両側を再開発するらしいが、八重洲側がガラスの高層ビル2本で流行を追い、皇居側はレンガ駅舎完全復元で懐古趣味ときた。あまりに芸がない、芸が。せっかく再開発するんだから、もっと遊びが欲しい。そう、京都駅みたいに・・・。

京都駅については明日のコラムで。でわ。


ムシムシネマ  (2004.06.28)

うーん。またもや数日間コラムをサボっていた。最近はTSUTAYAがクーポンで安いので、ビデオ映画ばかり見ている。この数日に見たビデオは、


『2010年』
『リベリオン』
『知らなすぎた男』
『パリ、テキサス』
『まわり道』
『存在の耐えられない軽さ』


最後のはまだ途中までしかみてないが。
感想は後ほど。でわ。


壊れています僕  (2004.06.27)

最近、自分がどんどん壊れていくのを感じている。なにが原因か、どうすればいいのか全然分からないのだが、壊れていくという実感だけはある。別に気が狂ったとか、頭がおかしくなったとかではなく、自分を見失うような、そんな感覚。『アイデンティティ・ロスト』とか言うのだろうか。


そんな気分の時には、僕は写真を撮ることにしている。空でもいいし、風景でもいい。チャリでガーッと行って、ガーッと撮るのだ。撮り続けるのだ。


今クーラーの効いた部屋で、パソコンに向かっている。横ではテレビがニュースを流し続けている。ピストルを使った殺人事件のニュースが聞こえる。
「警察の調べで、弾痕は14cmほどに広がり・・・」
ダンコンという言葉に僕は即座に反応し、顔をテレビの方を向けた。そしてまた自分への強い嫌悪感に襲われた。


東京熱帯夜  (2004.06.25)

アトケをリニューアルして、『35℃』を掲載しました。名前の通り、東京の気温が35℃に達した日でした(写真の中にも温度計で表示されています)。降り注ぐ直射日光の暑さを感じてもらえたら嬉しいです。


今日はですます調。


見えない被写体  (2004.06.24)

アラーキーの写真集『陽子』を見た。
後半、妻陽子が病気になって入院した時の写真、そして告別式の写真と続き、その次のページは一枚の空の写真であった。一見するとなんでもない雲と空の写真・・・だが僕はその一枚に泣いた。そして「僕にはこんな写真は撮れない・・・」、そう思った。なぜならそれは単なる雲と空の写真ではなくて、撮影者であるアラーキー自身が写されている写真だからだ。死んだ妻への愛、永い別れへの悲哀、諸々の思いが空に浮かぶ。ひょっとしたらその写真はまだ陽子が病床にいるときに撮られたものかもしれないが、それにしてもこの写真のピントは空に浮かぶ雲にではなく、間違いなく妻への深い愛に結ばれている。愛のパンフォーカス。被写界深度は無限大だった。
確かに僕にはその写真より(絵的に)美しい空を撮ることができるし、これまでも撮ってきたと思う。でもその美しさは、レンズの前にある美しさ、見える被写体の美しさに過ぎないと思う。アラーキーのその空写真の美しさは、レンズの後ろにある美しさだ。レンズの後ろにいるアラーキー自身という見えない被写体が写されている。思うに、写真とはレンズの前よりも後ろをより鮮明に写し出してしまうものではないのだろうか。おそらく写真とはそういうものではないのだろうか。
そう思い、僕が今まで自分が撮ってきた写真を見返してみた。だが、レンズの後ろにいる自分自身が写っていない。いや、写っているのだろうけど、それがはっきりと分からないほど希薄もしくはピンぼけなのだ。きっと僕は限りなく希薄な人間なのだと思う。だから僕には良い写真が撮れないのだと思う。


世界の中心で、I love youと叫ぶ  (2004.06.23)

子供のころ、僕は愛されたかった。両親や祖父母や親戚の人に愛されたかった。とにかく愛されたかった。


小学校高学年くらいになった僕は、愛されたかった。学校や塾の女の子達に愛されたかった。とにかく愛されたかった。


中学高校は男子校だった。僕は愛されたくなかった。男子校ではクラスに2人はホモセクシャルがいるという。もう一度言う、僕は彼らに愛されたくなかった。とにかく愛されたくなかった。


大学に入るとまた女の子がいた。中学高校の六年間は僕にとって、愛という感情の失業期間だった。だから大学に入ってすぐの頃は、小学校卒業と同じ精神年齢だった。僕は愛されたかった。大学の女の子達に愛されたかった。とにかく愛されたかった。


大学2年くらいになると、ようやく僕も人並みの愛を知った。僕は愛したかった。自分の好きな女の子を愛したかった。とにかく愛したかった。


みなさん、恋をしてますか!?
僕はしてません。


もうぜいたくなんて出来ない  (2004.06.22)

子供のころ、クリスマスが楽しみだった。子ども会という組織に入っていた僕は、学校の体育館で開かれるクリスマス会をとても楽しみにしてた。ガランとした体育館に組み立て式のテーブルとパイプ椅子が並べられ、チョコだのアメだの様々なお菓子の入った袋を手渡され、チキンを食べ、アルコールの入っていないシャンパンを飲み、サンタクロースの格好をしたおじさんが舞台で繰り広げる子供だましの芝居に笑い転げた。毎年のように、床にあお向けになって笑い転げた。体育館の床は木と、くすんだニスと、上履きのゴムの匂いがした。


僕はぜいたくだったんだと思う。クリスマス会のお菓子はあまりに豊富に種類があって、どれから食べればいいかわからずにひとり興奮していた。おばさん達が作ってくるポテトサラダやら料理も種類がありすぎて、ケンタッキーフライドチキンにまでその日のうちにたどり着けないな、と感じた。アルコールのないシャンペンは底なしに甘かった。一年に一度のシャンペンだった。物が豊かでふんだんにあるように感じた。そう、その日目にするすべての物が無限という喜びに満ちていた。僕はぜいたくだったんだと思う。


今、僕の目の前にあるものはすべて有限だ。もしタイムマシンに乗ってあの体育館に戻ったとしても、お菓子の袋に入っているお菓子はたった5,6種類のお買い得チョコやアメだけ。無限にお菓子なんか出てきたりはしない。チキンを一口かじって「ファーストフードはやっぱりまずいね」と言う。料理にも一応手をつけるが、作ったおばさんに「料理お上手ですね」といって席を立つ。シャンペンの入った紙コップは一口飲んでテーブルに置く。傍らではサンタの格好をした子ども会の役員が疲れ顔。無限の喜びはどこへ行った?ここにあるのは全部有限、有限、有限という名の限界。昔はすべてが無限に思えた。時は永遠だった。僕はいつのまにか無限という感覚を失った。有限しか感じられない人間になった。僕だけじゃない、きっとみんなそうだろう。だから大人になると、もう二度とぜいたくなんてできなくなってしまうんだ。


カルガモ母さん天国へ行く  (2004.06.21)

朝ニュースを見て、とても悲しい出来事が起きたことを知った。5/29にアトケ用に撮った都庁のカルガモの親子、あのお母さんガモが車にひかれて亡くなったそうだ。僕が撮ったあの写真が、彼女の生前最後の写真かと思うと、やりきれない気持ちになった。
彼女はきっと天国へ行った。そして今はカモ仲間と幸せに暮らしているはずだ。残された子供たちも、心配はいらない。やさしい都の職員が面倒を見てくれるだろう。なにはともあれ今はカルガモの冥福を祈りたい。


■お気づきの向きもあるだろうか。この21日分のテキストは20日に書いている。このコラム、書くネタがあるときは、3日分くらいの内容が思いつくのに書ききれず無駄にしてしまう一方、ネタが思いつかないときは日付に穴があいてしまう傾向があるので、これからはネタのあるときには先の日付の分まで書いてしまおうと思う。


それが僕なりの『未来日記』。


新ぷらぷら宿  (2004.06.20)

17日の話。前々からあるムスメと夕飯を食べる約束をしていた。カリー研究家の僕の希望もあって、高田馬場のカリー屋に行く予定だったのだが、ここ数日胃腸の具合がやばい。下痢のときに水っぽくて辛いインドカリーを食べるのは健康上、またイメージ的に非常に緊迫感が漂うので、同じく前から行きたいと思っていた西新宿のシズラーというアメリカンダイナーチェーンみたいのに行くことになった。

待ち合わせ時間がとても早かったので、夜まで暇だった。仕方なく都庁に昇ったりしてぷらぷら時間をつぶした。都庁の展望台には大道芸人がいた。もちろん彼の足元のシルクハットにはおひねりが大量に入っていたが、小銭は本物、お札はいわゆる『サクラ』だろう。ちなみに都庁の展望台はこれでもう8回目だ。展望は見飽きたが、高いところが好きなのでそれなりに毎回楽しい(アレと煙は高いところが好きだ)。例のごとく、ムスメに「あのビルってなにビル?」とか「あの森みたいのは?」聞かれるが、肉眼で見える範囲はすべて即答できてしまう自分に辟易した。ビル名や公園名だけでなく、ビルの施工主や竣工年、道路の都市計画上の名前(例えば『補助221号線』のような)、それに新宿副都心計画の歴史的バックグラウンドまでは記憶してしまっているので、景色を素直に見ることができず、感動が薄れるからだ。「この展望室の観光ガイドとかやれば?」と言われるが、遠景に羽田空港に降りる飛行機の動きを見て、「あー、今日のTOKYOアプローチはJONANルートで、Runwayは17Lだね。Tower-Frequencyは119.1MHzか。」とか思っている僕は、ガイドというより単なるマニアである。


話がずれた。前々から行こうと思っていたシズラーは意外と高級な内装だった。メシと酒1杯で一人3000円くらい。そしてアメリカンなので量がかなり多くて(といってもビュッフェ形式)、少し気持ち悪くなった。味は悪くないのだが、くねくねと怪しい動きをするチャラチャラしたウェイターが「お味はいかがですか?」とつくり笑顔で聞いてきて気分が悪くなったのでもう行かないと思う。


ファンシーグッズの祭典  (2004.06.19)

時代は今、ファンシーグッズである。今週のオススメははさんでにゃんこバーガーである。819円とかなり格安だし、ぜひとも購入しておきたいところだ。ただ説明書きに「もちろん取りはずして遊べます。」と書いてあるのが気になる。いったいなにが「もちろん」なのか。そもそもこれはどうやって遊ぶものなのだろうか。
「2・3個つみ重ねたり、オリジナルバーガーを作って遊んでもおもしろいかも!!」とあるが、それが正しい遊び方か。ファンシーグッヅとはそういうものなのか。カルチャーショックというか、一種のアイデンティティ的体験。


よくよく商品リストを見てみると、スペシャルにゃんこバーガーというのがある。単なる2段重ねなのに、はさんでにゃんこ〜を二つ買うよりも高いのが気にかかる。


今日のコラム、トイレで書いてます。  (2004.06.15)

■この前、竹橋の近代美術工芸館でやっている『アールデコ展』に行ってきた。見物料200円という安さ相応に、かなりショボイ展示だった・・・。工芸にはあまり興味がない僕だが、直線を強調したデザインのアールデコ調ポスターには惹かれた。1920年代の旅行会社の宣伝ポスター、三越新宿店オープンのポスター等々・・・ロシアンアヴァンギャルドの影響も見られるデザインはシンプルかつ美しい。


■何年か前に、白金の東京都庭園美術館でやっていた『ロシアアヴァンギャルド展』に行ったことがある。モンタージュ的な写真の使い方をしたポスターは僕の好みだった。そしてロシア革命政府の宣伝ポスターに謳われたスローガン「五カ年計画を四年で達成しよう」を見て、同伴した友達と声を揃えて「じゃあ、はじめから四ヵ年計画にしとけよ!」と、思わずツッコミを入れた記憶がある。雪の降る日だった。白金から2時間も歩いて神宮前のスカイラークガーデンズ(好みのウェイトレスがいた)へ行った僕らは、翌日熱を出して寝込んだ。


新車と床屋とロシアクイズ  (2004.06.14)

昨日(日曜日)の話。
■髪がもけもけしてきたので、床屋へ行くことにした。美容院をハシゴしたり、セルフカットをしてみたりと、腰の落ち着かない僕の散髪遍歴であったが、結局のところ近頃は昔行ってた松戸の床屋に舞い戻っている。ちょうど、ぶっ壊れたボロチャリの代わりに新車が入ったところだし、常磐線で行くと往復580円もかかるので、新車で床屋に行くことにした。ボロチャリからライトやサイクルコンピュータを外し、新チャリに付け替えて出発。当然新車の走行性能が気になるのでサイクルコンピュータで走行データを計測した。
結果から言うと、家から床屋までの距離が片道20km、時間は片道に約55分かかった。平均時速は19km/hと、結構優秀だ。ボロチャリで同じルートを走ったことはないが、おそらく1時間以上かかると思う。前輪サスペンションのお陰で車道と歩道の間の段差を気にせずに、25km/h程度を維持したまま走りつづけられるのは体感的にも気分がいい。ボロチャリだったら段差ごとに減速が必要で、平均時速は15km/hくらいだったのではないだろうか。


▼今日のおすすめサイト
ロシア風素材とフォントCossack
ロシアなWebサイト。オススメは『三択問題ロシア風クイズ』だ。「超簡単な三択」と書いてあるわりには、超マニアックなロシアクイズが818問も掲載されている。全問正解できる人はいるのか?


起きぬけに夢の数を数えた午後  (2004.06.13)

■おかしな夢を見た。
夢の中で僕は高校にいた。高校からは生徒が無限に溢れ出てきた。校舎は信じられないくらい大規模で複雑怪奇の様相を呈していた。(といっても僕の出身校は実際に複雑怪奇な建築だったが。)そのあまりの規模と人数に僕の精神が耐え切れずに、僕は徐々に夢から醒めはじめていた。突如場面は大学に飛び、そこでは逆に学生の数がとても少なかった。僕の出た大学はキャンパスのない狭い大学だったが、それにしても数えられるくらいしか学生が見当たらなかった。異様な焦燥感を感じ、ようやく本当に目が醒めた。
土曜日だった。時計の針はもうすぐ正午を示そうとしていた。僕はようやく床から起き上がり(暑くて床で寝ていた)、半分寝ぼけたままパソコンに向かった。なぜか僕は大学のWebサイトに接続し、実際の学生数を把握しようと大学の資料の検索を試みていた。30分くらいかかってデータを見つけると、自分のしていることの意味不明さに気づいてパソコンの電源を切った。


■僕は何がしたかったのだろうか?そしてあの夢は一体何を暗示しているのか?・・・夕方になっても論理的な答えが見つからなかったので、とりあえず「高校教育の集団性の弊害および大学生の出席率の低さに関する問題提起」というテーマの夢であったと結論付けて、なんとか自分のみた夢を合理化しようとする。


■『お早よう』(小津安二郎)のDVDを借りてきて見る。小津は子供の姿を正面から描いている。単純に優しい視点からでなく、ありのままの子供、そして子供と大人の関係を冷静に映している。小津アングルはきっと子供を撮るために考案されたアングルだ、そんな確信を感じた。ヴィム=ヴェンダースが小津のことを「かつていた天使」と呼んだ『ベルリン天使の詩』のエピローグを僕は思い出した。


これから始まる階級分化  (2004.06.12)

今日は少しマジメな話題を。4月から工場などの製造系に対する派遣が法律上解禁された。今までも請負という名目の元で事実上生産現場への派遣は行われてきたが、この4月からは合法的に工場へ派遣出来るようになったわけだ。
■事務系のOL派遣を含め、これら一連の動きはなにを意味するか?
言ってしまえば、戦後の日本が作りあげた中産階級の解体に他ならない。戦前の日本の社会階級は華族、ブルジョアジー、労働者・小作農の三つであった。戦後、GHQの民主化政策の下で華族制は廃止され、また農地改革により農民が地主に、借地法により借地人も地主になった。そして戦後復興期から高度成長期にかけては、ブルジョアジーと労働者の中間に、新中産階級が誕生した。小津映画に出てくる団地住まいの夫婦のような、夫は企業戦士、妻は一般職といった人たちである。サラリーマンとして知的労働に従事し、高度成長期の日本を造ったのはこの人たちである。普通の資本主義国ならここまでで話が終わるのだが、日本の場合はさらに階級の平準化が進んだ。1940年体制継続の下で年功序列が保証され、(とくに団塊の世代以降)ブルーカラーの労働者までもが中間層=新中産階級に組み込まれた。戦後社会では一方で学歴による階層分化が進められたが、完全な分化を実現したとは言えず、むしろ大企業の傘に守られるか否かによって所得格差が生じることがあった。(大学を出て中小企業の知的部門に就いた人より、中学を出て大企業の工場で働いた人のほうが給与が多かったりした)
■現在の日本経済が目指すところは、明らかにこの中産階級の解体であり、『新労働者階級』の大量生産であるように思える。90年代後半より一般職を廃止する企業は相次ぎ、一般職の担当していた事務は派遣OLという名の『新労働者階級』に割り当てられた。製造現場ではより急速に同様の傾向が見られるに違いない。現業社員という名の中産階級は解体され、製造派遣という名の『新労働者階級』が今後大量に供給されるはずだ。中産階級に残留するのは港区の高層マンションに住む人をはじめとするアッパーミドルだけに違いない。あとの派遣さん他=つまり僕らはアパートで細々と日々を暮らすしかないのだ。エセレブが大量に発生している現在の東京は、そんな未来を如実に表しているのだと思ったりする。


※僕は共産主義者ではありません、あしからず(笑)


テクノしてる?  (2004.06.11)

昨日のSimple/PlanのコラムでSheep氏が、『ロックしてる』とかなんとか言ってたので、対抗して僕は『テクノしてる』について話したいと思う。


東京には『テクノしてるモノ』があふれていると思うけど、なかでも昔の『営団丸の内線』、あれはホントに『テクノしてた。』
真っ赤なボディに描かれたウネウネは走り出すと、
〜∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞〜とサイケな空間を醸し出す。乗ったら乗ったで、車内はピンクの壁&緑色の床のビビッドなハコで、駅に着くたびに照明が消えるという凝った演出。それに時々線路が地上に出た時の昂揚感はすごい。四谷で地上に出たときなんて、こっちは地下鉄なのに下にJR中央線が走ってたりして、倒錯感も満載だ。御茶ノ水では神田川を渡るときに一瞬地上に顔を出して、車窓にはテクノタウン秋葉原が拝めるし、新宿〜新宿三丁目の近さも精神的にはまる。荻窪とか方南町とかっていう『変な郊外の町』に連れて行かれる感じも相当『テクノしてる』・・・。


丸の内線はどう考えても、実用性より『カッコよさ』重視で作られた地下鉄だと思う。そうでなければ、東京芸大でデザインされたあのテクノ車両や、御茶ノ水の神田川のところでわざわざ一瞬顔を出すなんて凝った芸当が戦後の貧しい時期に出来るはずがないと思う。


現在は引退した昔の丸の内線車両だが、地球の裏側のブエノスアイレス地下鉄B線に中古で買われて走っている。和製テクノ万歳?


人生に必要なモノ  (2004.06.10)

今日、「人生に必要な三つなモノ」は何かを考えていた。結論から言えば、


1.おいしいコーヒー
2.厳しい友人
3.寝心地のよいベッド


だと思う。
どれも自分の生活には欠かせない。


ようやく復帰  (2004.06.09)

コラム、1週間もサボってた。復帰早々書くことが思い当たらないので、とりあえず最近見た映画の感想でも。

▼『ビックフィッシュ』(映画館)
「ティムバートンが贈る感動大作」とのことだったが、わりと本当に感動してしまった。終盤やや目頭熱くなる。ところで、ヒューマンドラマなのに、怪しい森、魔女の館など映像のコミカルなタッチは健在。こういったタッチでまともなドラマを作れるのは世界でティムバートンだけだろう。

▼『リトルダンサー』(DVD)
期待していた割には、「アレ?」って感じだった。展開や心情の変化が希薄でセリフに含みが少ない気が。音楽はまあまあだが、ロックよりバレエ音楽をもっと前面に出すべきだと思う。どこかに「イギリス映画の底力」と書かれていた。つまりは「あのイギリス映画にしてはよくやった」ということで、アメリカ映画だったらここまでウケなかった作品だと思う。

▼『007/007は二度死ぬ』(DVD)
日本が舞台の作品。007シリーズは好きじゃないので、真面目には見ていないが、要所要所にツボが多いので楽しめた。昭和41年の銀座になぜ人力車がいるのか?銀座の裏通りのドアを開けるとなぜ両国国技館につながっているのか?007はなぜわざわざ相撲の桝席で密会するのか?丹波哲郎のコードネームはなぜタイガーなのか?タイガー専用地下鉄はなぜどうみても営団丸の内線なのか?
見所満載であった。


足のせメェメ  (2004.06.02)

■京都の方からファンシーグッズ情報をいただいた。右の写真に写っている羊スタイルの健康グッズ、その名も『足のせメェメ』である。メェメェじゃなくて、メェメ。すごく欲しい。姉妹品に『あったかメェメ』というのもあり、そっちにもえらく食指が伸びる。(URL)

■相変わらず小津映画DVDを借りて見る。
『秋日和』・・・まぁまぁ。ちょっと喜劇。スシ屋の娘で丸の内OLの岡田茉莉子のチャキチャキかつ現代っ娘的演技が絶妙。撮影時期、役者ともに『秋刀魚の味』に似ているが、感動や味わいの少ない内容という気がした。

■昨日のコラムの内容について補足意見をいただいた。リンスではゴキブリは死なないが、リンスインシャンプーならまあまあ効くとの事。


ゴキブリスローガン  (2004.06.01)

昨日は梅雨明けの夏のように蒸し暑かったり、今日は寒くなったりで体調壊しぎみ。冷たいもの飲みすぎで、胃腸の具合のヤバイこと。


さて、いよいよ『黒いアイツ』の季節がやってきた。僕の家では毎年この時期になると、来たるべきゴキブリシーズンに備えて、『避難訓練&退治演習』を家族で実施している。それでも、実際にゴキブリ出現の際には家族一同大騒ぎである。ゴキブリ退治の鬼門は風呂場である。風呂場には新聞などの有効なウェポンが準備されてないうえに、こちらも裸でまったくの無防備だからだ。昨年夏に風呂場で遭遇したときには、とりあえずシャワーの水圧で端に追いやり、手の届く範囲にあったリンス(ヴィダルサスーン)をかけて封印した。テレビで「洗剤系をかけると死ぬ」と聞いていたからだが、5分ぐらいしてリンスを流してみるとゴキブリはびくともせずに動き出した。さらにはリンス効果が効いて、黒光りとツヤがさらに増していたのであった。


ゴキブリにリンスは効きません。


そこで風呂場にゴキブリが侵入する前にブロックする『戦略的防衛』が重要になってくる。昨年度はゴキブリが侵入した際に、最後に窓を開けっぱなしにした人が責任にもって退治するという紳士協定が可決された。また気を許さないよう、冷蔵庫には大きく次のスローガンが貼られている。


「ゴキブリは窓のすきまでなく、心のすきまから入り込む」


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